2017年 02月 01日

武蔵野冬景色・・再掲




2月になりました。今回は過去記事2月の「武蔵野冬景色」に写真追加をして再掲いたします。



  
武蔵野冬景色

もう半世紀も経ちましたが、昭和42~44年は特に降雪日が多く、関東でも良く積もりました。
雪景色の中を行く電車の姿が好きで、雪が降るとカメラを携え沿線に出掛けて行きました。
この時は所沢近辺でも30Cm位の積雪となり、ひざ辺りまである雪の中ひたすら赤い電車を
待ち、雪塗れになりながら撮っていました。
関東の雪は、これから2月、3月の南岸低気圧通過時に良く降ります。

掲載写真は、昭和42年2月11日から12日にかけて撮ったものです。



 513F2M4T(下り西所沢行き)425F(上り池袋行き)  秋津~所沢
                                 (各写真は、クリックで原寸となります)
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425F は420番台では唯一中間サハの4連でした。   秋津~所沢
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 505F準急池袋行き。昭和36年最初に赤電塗装となった編成でした。
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 上記 513F2M4T。2M4Tは池袋線で用いられ、サハ1551型2連5本を501系15本で持ち回りで挟んでいました。
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 これは、505F準急飯能行き。こんな大雪でも準急など優等列車も運転していました。
  秋津~所沢
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553F 西所沢行き。西武車は551系が出現する昭和36年まで一部を除き全て手動窓拭きでした。雪の時は大変だったと思います。 
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 左狭山湖行き311型急行、右池袋行き701系準急。共に番号不詳    秋津~所沢
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 池袋行き711F各停   秋津~所沢
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701系準急飯能行き。
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当時列車種別板は方向幕を使用する701系に小型の物が使われました。
最初は方向幕内に種別表示も併記しましたが、後に種類が増えたために独立掲出となりました。
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こちらは新設された小手指検車区横を行く上り列車。609F他 
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 小手指信号所まで上がってきた、西所沢止まり列車です。
 当時の運転士さん、皆マイ座布団持ってましたね。運転席が丸椅子で貧弱でした。 
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601系臨時飯能行き。  小手指(信)~狭山ヶ丘 この日はダイヤが乱れていて小手指(信) 
仕立ての下り営業列車ですが前サボが空です。
前サボは駅扱いですので、信号所には有りませんでした。
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狭山ヶ丘を発つ臨時飯能行き。こちら側は手書きです。
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 E52の牽く貨物列車。タキ車は稲荷山公園駅(貨)止めと思われます。 小手指(信)~狭山ヶ丘  
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 上同列車 木造緩急車ワフ11 哀愁漂う後姿懐かしいです。E851が現れるのは2年後の9月です。
 新製F級電機が西武線を走る事など、当時は考えも及びませんでした。
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  西武赤電全盛の頃でした。

           以上です。ご覧頂きありがとうございます。

            (ブログ内掲載の写真・記事等の転載はお断りします。)

by tetudankai5501 | 2017-02-01 01:28 | 西武鉄道 | Comments(4)
Commented by モハ1005-モハ1006-クハ2003 at 2017-02-01 20:13 x
団塊鉄ちゃん様、雪の中の素晴らしい画像ありがとうございます。
あの頃は良く積もりましたね。まあ今年もまだ油断はできません。
一昨年のような記録的な大雪にならなければ良いですが…
昭和41年か42年のこと、私も新井薬師前附近の線路のそばに住んで
いた時、大雪で各線が不通になる中、上石神井のポイントも凍って
唯一編成が西武新宿⇔上石神井間を折り返し運転していたのを
覚えています。確か501系だったような… ずいぶん力強く感じた
ものでした。
425Fは当時ですと、既に365Fとなっていたのではないでしょうか?
雪によるダイヤ乱れでの臨時電車は方向板無しで運転されたり、
手書きだったりと貴重な記録ですね。あの頃の新宿線の夕方の
ラッシュ時の送り込み回送も方向板が片方のみで、片方は方向板
無しで走っていたのが懐かしいです。
Commented by tetudankai5501 at 2017-02-01 22:33
1005-1006-2003様 
コメント有難うございます。再掲記事で恐縮です。何枚か新たにスキャン
して追加してみました。
秋津→所沢に向かう下り列車は柳瀬川を渡った付近から所沢大カーブ
にかけて登り勾配が続き、吊り掛け車などではずっと力行のままでしたが、
速度が上がらず所沢手前までノッチオンでした。特に2M4Tですと雨や雪の
日には思うように加速が出来ず、速度が上がりませんでした。当時吊り掛車
で唯一弱め界磁を使用していましたが、速度が乗ってきたところでもう制動と
ゆう状態の走りでした。客車列車のような走りが懐かしいです。
425Fは昭和42年ですと仰るように365Fと改番されていましたね。旧501系は
後から出来た新車に追われて2度も改番され、相棒のサハも盗られたりして
一寸気の毒でした。
Commented by ホビぽっぽ at 2017-02-02 09:52 x
私も若いころは雪が降ると喜んで撮影に出かけたものでした。
(もう40年近く前になってしまいました)
周りが静かになり電車の音の伝わり方(遠くから近づいてくるときの聞こえ方)が普段とは全く異なり、車体の色彩も濃く見えました。降りしきる間の赤電は黒ずんだように見えてもちょっと陽が差すと雪の反射でくっきりしたり、いろいろな表情に見えたことを思い出します。

今ではもう雪が降ると外に出るのさえ億劫…
被写体として「撮りに行こう」と思える対象が減ったと感じますが、気力のほうも萎えてきたのでしょう。
Commented by tetudankai5501 at 2017-02-02 20:22
ホビぽっぽ様
ご覧いただき有難うございます。
昭和40年代後半から50年代当時西武線で通勤しておりました。
冬の夜帰宅時など池袋から所沢に帰る電車最後部から後ろに流れる雨が練馬
辺りから霙になり、そして次第に白さが増して保谷を過ぎる頃からすっかり雪転し
所沢以北ではもう真っ白で雪を踏みしめながら帰宅した思い出が幾度もあります。
当時、411型が冷改更新され黄色のカルダン車に生まれ変わって701系×2+401系
の新車のような10両編成急行に良く乗り合せました。新宿線に集約される前だった
のでしょう。
黄色い西武線は余り好きではなかったのですが、雪の日には仰るように赤電より
明るく感じたものでした。
私も近頃は万事体を動かす事が億劫になって来ましたが、カメラを持って外出し、
色々調べて好きな電車の写真を撮ることも呆け防止策の一助となるような気が
致しております。


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