カテゴリ:小田急電鉄( 1 )


2012年 04月 06日

小田急 昭和30年代中頃

    NSE3100系   登戸    昭和38年
a0251146_1084853.jpg



 関東の民鉄は関西と違い、狭軌の会社が多いのですが、私だけかも知れませんが
狭軌の路線のほうが「鉄道」の雰囲気が感じられて好きなのです。正面からみて車輪
幅の広いのはどうも馴染めません。それに昔は貨物列車も走っていましたし、民鉄の
貨車も国鉄線を走っていました。その様な理由かどうか良く判りませんが、在京民鉄
では、西武の他に東武・小田急に親しみを持っていました。東急や井の頭線は狭軌で
はありますが、些か雰囲気が違います。
 小田急も昔貨物輸送をしていました。西武E21と親戚のデキ1010形などが砂利貨物
列車を牽いていました。
特急用車輌はSE車や後継のNSE車の登場で、1900・1700・2300・2320形が格下げ一般
車として用いられ、通勤用車輌は2200形から始まった高性能車が2220形4両編成に進化
、更に経済性を加味した2400形(HE車)の本格増備が昭和35年度から始まりました。
昭和39年度からは、初のオール20m4扉の大型車2600形(NHE 車)の新造が始まります。
小田急一般車のアイボリーに青帯化は昭和44年から始まり全通勤車に及びましたが、
今回は茶色から青・黄色塗装への過渡期であった、昭和30年代中期に撮ったものです。
旧型車のHB車達は最後まで茶色一色でした。



   1213を先頭にしたHB車4連    向ヶ丘遊園   昭和37年
a0251146_9433367.jpg


   1400形+1200形×2           大和     昭和37年
a0251146_9444079.jpg


   こちらも1464を先頭にしたHB車3連          昭和37年
a0251146_945913.jpg


   初の高性能車2200形2216 2連    海老名       昭和37年
    写真左側の一帯は現在車輌基地になっていますね。
a0251146_946199.jpg


   1800形茶色時代の2連です。    大和     昭和37年
a0251146_9463564.jpg


   1900形2色化後の姿ですが番号が判りません。    昭和37年
a0251146_9474622.jpg


   2220形2236他4連急行箱根湯元行き      昭和37年
a0251146_9481474.jpg


   そして量産経済車HE2400形 2454  急行箱根湯元行き   昭和37年
   少しブレています。1/500までしか無いカメラだったのですが、何時もの西武線ではブレませんでした。
a0251146_9484483.jpg


 国鉄御殿場乗入れ用キハ5000形。5000形は昭和30年製の一次型と昭和31年製の2次型5100形   各2両が有りました。御殿場線電化後は4両とも関東鉄道に移籍しました。
a0251146_9505772.jpg



                      (ブログ内写真・記載内容の転載を禁じます)  

by tetudankai5501 | 2012-04-06 11:01 | 小田急電鉄 | Comments(4)