団塊鉄ちゃん気紛れ撮影記

tetu5501.exblog.jp
ブログトップ

カテゴリ:国鉄時代( 5 )


2013年 08月 08日

東京機関区昭和42年




EF65-508 EF58-144
a0251146_22535543.jpg




再び昔の写真を引っ張り出しました。
昭和42年夏の東京機関区です。EF58が全盛期を過ぎ、EF65が続々新製配置され
500番代がブルトレ牽引機として最も輝いている時代でした。
直流機の塗装は従来の茶色からブルーに白を配した新塗装への転換期です。



                          (各写真はクリックで原寸となります)
特急牽引機勢揃いです。 EF65-510,EF65-529,EF65-501
a0251146_22542784.jpg


EF65-508
a0251146_22561759.jpg


EF65-64
a0251146_22563673.jpg


懐かしのEF61-11 まだ茶色でした。
a0251146_2257848.jpg


新塗装の58-63
a0251146_22574425.jpg


左から65-508,58-144,58-69,58-74
a0251146_22581669.jpg


EF58はまだまだ主力でした。
a0251146_22583577.jpg




            (ブログ内掲載写真・記事の転載及び現業問合せ等はご遠慮下さい。)

by tetudankai5501 | 2013-08-08 23:04 | 国鉄時代 | Comments(4)
2013年 08月 07日

日暮里昭和38年




お馴染みの日暮里の上野方の跨線橋から、昭和37~38年当時に写したものです。非常に汚い
画像ばかりですが懐かしの風景と言うことでお願い致します。



京成の最新車、3150形。いわゆる赤電3100系の4連タイプでしたね。確かラストナンバーの3191F
は当初セミクロスシートだったと思います。従来の青電に較べ随分垢抜けて見えました。
a0251146_10122080.jpg


こちらは新製間もないEF80を先頭にした常磐線急行列車のようですが電・蒸運転が懐かしいです。
山手は73系全盛でした。
a0251146_10265578.jpg


DC特急ひばりキハ82系のようです。
a0251146_10271449.jpg


クハ86 300代とキハ58(再掲)
a0251146_10185186.jpg



   見苦しい画で申し訳有りませんでした

            (ブログ内掲載写真・記事の転載及び現業問合せ等はご遠慮下さい。)

by tetudankai5501 | 2013-08-07 10:32 | 国鉄時代 | Comments(0)
2012年 04月 26日

青森から大沼・白老へ  昭和38年

 昭和38年、北海道に行った際の写真です。鉄道撮影が目的では無かったので、何とも少ない写真
枚数です。当時はSLの天下でしたので、再度訪問したかったのですが果たせませんでした。


 キハ56車窓より函館本線大沼付近ですれ違ったキハ82系特急”おおぞら”号
a0251146_20105137.jpg


こちらは、室蘭本線白老付近を行く普通客レです。牽引機はC551でした。現在は梅小路に居ますね。
a0251146_20114282.jpg


同じく、白老付近にてキハ22+キハ56の気動車列車です。
a0251146_20121924.jpg


当時青森駅で連絡船に貨車を押し込んでいた96。
a0251146_012583.jpg


青函連絡船 松前丸
a0251146_0133890.jpg



               (ブログ内写真・記載内容の転載及び現業問合せ等はご遠慮下さい)

by tetudankai5501 | 2012-04-26 20:16 | 国鉄時代 | Comments(6)
2012年 03月 07日

大宮機関区と川越線  

 


    大宮機関区昭和44年            (各写真はクリックで原寸となります)
a0251146_0371722.jpg



昭和40年代の中頃までは、大宮機関区には96とD51のSL2形式と試作DD90そして
DE10が在籍しておりました。
 96は13両、D51は7両、DD90が1両、そしてDE10が12両の陣容でした。
担当線区は、川越線、大宮構内入れ替え、八高線等が主な線区でした。
川越線の旅客列車は、昭和39年度から両運のキハ30系が投入され、追って片運のキハ
35系も配置されます。
昭和47年以降は八高線に千葉地区の同系車両が移籍しており、ステンレスの試作35系
の姿も見られました。これらの車両は川越線、八高線共通で使用されました。


    大宮機関区にて  DD90も見えます。   昭和44年
    4桁の96は、9684と9687の2両が在籍でした。
a0251146_0394281.jpg



    新製配置のキハ30形    大宮機関区   昭和44年
a0251146_0403211.jpg


    同じく片運のキハ35形     大宮機関区    昭和44年
a0251146_0405624.jpg


    川越線南古谷付近を行く貨物列車              昭和42年
    96が通り過ぎると、辺りは元の静寂に戻ります
a0251146_0421074.jpg


    同列車 現在車両基地の在る辺りでしょうか        昭和42年
    当時は、一面の畑で地平線が見える様な風景でした。
a0251146_0425133.jpg


    貨物列車には緩急車が無いと、どうにも締まりませんね。   同場所  昭和42年
a0251146_0433216.jpg


    キハ35形2連の大宮行き   南古谷    昭和42年
    暑いのでしょう 貫通路が開け放されています
a0251146_04491.jpg


    こちらは両運単行のキハ30形   南古谷付近    昭和42年   
a0251146_0444570.jpg


  当時のんびりとしたローカル線で、西大宮駅は無く東京近郊で最も身近な非電化
  路線でした。 

            (ブログ内掲載の写真・記事等の転載はお断りします。)
 

by tetudankai5501 | 2012-03-07 00:58 | 国鉄時代 | Comments(4)
2012年 01月 23日

東京国電ところどころ 昭和37年


 昭和30年代中頃になると、東京の国電も大分カラフルになって来ました。中央線は
オレンジバーミリオンの101系に統一、次は山手線ということでカナリヤ色の101系が
投入されましたが、もともと電動車比率の高い101系は不経済と言うことで、翌年103系
の試作車がウグイス色に仕立てられ池袋電車区に配置され、4+4の8連で暫く走り、翌年
から8連で量産車が出場、瞬く間に山手線を103系に置き換えてしまいました。
山手線の101系は、カナリヤ色のまま総武緩行線に配転となりました。
しかしそれ以外のゲタ電線区では、相変わらず茶色の73系が幅を利かせていました。

写真は中央線の101系試作車の101-901です。DT21をエアサスに改造し高速試験に供せられ
151系製作のデーター採りに生かされました。
a0251146_22334689.jpg


こちらは、その151系です。クロ151は羨望の的でした。特急用は国電とは言いませんね。
浜松町にて。海側で新幹線の路盤工事をしています。
a0251146_22341525.jpg


同じ場所で、スカ線76系。中間に32系サロ45が入っているようです。
a0251146_22373585.jpg


当時山手線に一時的に入っていた、カナリア101系。短期間で103系に置き換わりました。
a0251146_22381237.jpg


秋葉原に上がって待機する、”準急ながら”153系です。
a0251146_22391056.jpg


日暮里の跨線橋よりキハ58とモハ80系300台
a0251146_22394869.jpg


そして、国電では有りませんが新大久保から西武新宿線を望む。451系の天下でした。
a0251146_2240536.jpg






            (ブログ内掲載の写真・記事等の転載はお断りします。)

by tetudankai5501 | 2012-01-23 22:43 | 国鉄時代 | Comments(0)