団塊鉄ちゃん気紛れ撮影記

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2012年 02月 25日

西武701形


   601系に続く量産新製能車

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601形に続く新性能車第二陣となる当形式は、足回り・制御機器は 601形をそのまま
踏襲しますが、車体を大きく設計変更しました。3扉非貫通湘南タイプではあるものの
側窓配置の独立均等化、551形続くアルミハニカムドアの採用(ドア室内側は化粧版貼)
、正面形状を大きく変更し行灯式行き先方向幕の取付、2灯式ヘッドライト、補強を兼ね
たステンレス化粧版、への字状だった正面窓の直線化、標識灯の上方移設等で以降
の801・101形まで続く西武2枚窓正面形状の基本形を確立しました。

    729F   柳瀬川橋梁            (各写真はクリックで原寸になります)
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 室内は従来の601形と略同一ですが、天井板も含め無塗装化を図り保守工程の簡略
に貢献しました。更に4両固定中間連結部の連結器を従来の密連から棒状に変更して
貫通路床面のフラット化を図ります。
 総計48編成、192両が昭和38年から同42年の4年間に量産されました。丁度一ヶ月に
1本が新製されるというハイピッチで増備が行われています。
 製造過程で多少の相違点が生じていますので、主なものを挙げてみます。

 第一次車  701F~747F
 外観的には正面ヘッドライトが普通球100W×2灯、乗務員室扉手すりが露出式です。
尚後期には、室内戸袋窓の大型化や、側部横サボ差しを取り付けて出場した車両も有り
ました。一次車最終の747Fは101形登場前年に、その色見本として試験塗装が施されま
した。
 第二次車 749F~795F
 外見的には正面窓下周りが補強され段差が見られること、乗務員室手すりが埋め込み
タイプに変更、室内貫通路上端部のRを直線状に変更しました。又最終増備の791F以降
は車内スタンションポールの撤廃が行われました。(この措置は、後に在来車全体に実施
されます。)

 改造
 後に全制御車の台車交換(TR-11A→FS072)、編成中央部貫通路への両開き扉設置が
行われ、一部車両には台車交換時にMGの交流化と室内灯の40w化が実施されました。
1701系のTR11からFS072への台車交換は、昭和44年から始まり同53年に全車完了、
又冷房改造・制動装置のHSC化は、昭和50年の731F・733Fから始まり、同57年の
747Fを最後に全車完了となります。
尚、701系冷改車の最初の6本は赤電塗装で出場しています。参考までに車番は下記の
番号だったと思います。後に冷改車は全て黄色単色に塗装変更されております。
731F,733F(4連、要検同時施工) 小手指
749F,751F(4連、全検同時施工) 小手指
701F,705F(601系モハ組込6連、全検同時施工) 南入曽
冷改と台車交換時期がラップしていますので、冷改時に台車交換も同時施工が実施され
た事例も有ったのかも知れません。

 6連化
 601系の中間電動車7組を冷改時に組み込み6連化されたグループがあります。
701F~713Fの7編成がこれに該当し4M2Tとなります。
またこれとは別に、791F~796Fの3本も編成を解かれ、電動車のみ785F~789Fに組込
まれ6連化され4M2Tとなっています。その際余剰と成った1791~1796のクハは電装され
Mc2連に組まれて、3代目501形3編成となりました。

     上石神井にて   昭和43年
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  新製時の701F  保谷~ひばりヶ丘   昭和38年
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 同上     701F  1701   保谷~ひばりヶ丘   昭和38年
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   同上     701F  1702
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   727F   拝島にて     昭和43年
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   705F    東久留米~清瀬    昭和38年
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     771F    秋津~所沢   昭和44年
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   781F  東村山~所沢    昭和42年
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   779F  武蔵横手~東吾野    昭和44年
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    久米川~東村山      昭和43年     
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    稲荷山公園~入間市(複線化工事中)
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    東村山にて       昭和43年
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    783F   東吾野~吾野   昭和44年
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    761F     西武立川~拝島    昭和43年
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    781F    小手指信号所   昭和43年
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    787F    ひばりヶ丘~東久留米   昭和43年
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    733F     西所沢~小手指(信)   昭和43年
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    727F    井荻駅   昭和43年
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    西武立川~拝島   昭和43年
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   711F   秋津~所沢    昭和42年
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   791F(ATS試験車)     小手指区    昭和42年
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  モハ791   小手指区   昭和42年
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  モハ722  上石神井
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    101系塗装試験車   747F  小手指区   昭和43年
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   751F 小手指区    昭和43年
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     新所沢引き上げ線にて
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 こちらは、横サボ使用の僚車伊豆箱根1000系第二編成2002+1004+1003
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初期の頃は方向幕内種別表示でした。  クハ1726
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 黄色(1101)と赤電(1791)  やはり赤電塗り分けは素晴らしいです。
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701系のカラー写真が有りませんので、159Fの再現赤電で
      平成13年10月8日   横瀬
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     保谷にて  
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  譲渡先

1735+735+736+1736→伊豆箱根 モハ1013+モハ1014+クハ2007(H2年)
                (735の電装品を1735に移設し1013とした)  
1777+777+778+1778→伊豆箱根 モハ1011+モハ1012+クハ2006(H1年)
                (777の電装品を1777に移設し1011とした)  
1783+783+784+1784→伊豆箱根 モハ1009+モハ1010+クハ2005(H1年)
                (783の電装品を1783に移設し1009とした)  

1771+771+772+1772→三岐 クモハ803+モハ804+クハ1804(H4年)
                (1771の運転台を771に移設し803とした)  
1779+779+780+1780→三岐 クモハ801+モハ802+クハ1802(H2年)
                (1779の運転台を779に移設し801とした)  
1781+781+782+1782→三岐 クモハ805+モハ806+クハ1852(H9年)
                (1781の運転台を781に移設し805とした)  
1789+701-89+701-90+1790→三岐 クモハ851+モハ881+クハ1851(H7年)
                (1789の運転台を701-89に移設し851とした)  

1755+755+756+1756→上信 クモハ156+クモハ155(H8年)
(1755の運転台を755に移設し156に、1756の運転台を756に移設し155とした)

1745+745+746+1746→流鉄 クモハ2003+モハ2101+クハ21(H7年)
                (1745の運転台を745に移設し2003とした)  
1757+757+758+1758→流鉄 クモハ2005+クモハ2006(H9年)
(1757の運転台を757に移設し2005に、1758の運転台を758に移設し2006とした)


            (ブログ内掲載の写真・記事等の転載はお断りします。)

by tetudankai5501 | 2012-02-25 23:46 | 西武鉄道 | Comments(13)
2012年 02月 23日

西武秩父線開通のころ



秩父線の開通は、それまでの赤電達や舶来電関がのんびり走る西武電車のイメージを一変させました。
昭和44年は西武にとって画期的な年でした。新車も101、外注5001・E851が揃って登場した訳ですから、
もう驚きの連続でした。
吾野・西武秩父間19.0Kmと決して長い延長路線では有りませんが、奥武蔵の険しい山並を当時私鉄
最長の正丸トンネルで抜けて秩父盆地に至り、東京と秩父を結ぶ最短ルートとした意義は大きいものが
有りました。キャッチフレーズは、「池袋~秩父最短83分:特急ちちぶ」です。
 西武秩父線の建設目的の主題は、武甲山の豊富な石灰資源でした。横瀬にに三菱セメント(当時)が
進出し、この工場からのセメント製品輸送でした。
当時秩父へ抜けるR299はその輸送には到底無理な状況でした。西武はセメント輸送の為、正丸トンネル
前後の25‰勾配に対応して、私鉄最大のF級電機重連で対応させました。
 従ってどちらかと言うと、貨物輸送主で観光目的は従であったのですが、この際長瀞・三峰・秩父周辺
の観光開発も併せてアピールする趣旨から、西武初の特急「レッドアロー」の登場となりました。
特急は当初平日はたった2往復の純然たる観光特急でした。
その後、後年次第に通勤ライナー的性格をおび、夜の下り飯能行きが増発され定着するに至りました。
 一方普通列車は、池袋・西武秩父直通の急行・準急用として、新設計の101系が用意されました。
特急5000系と足回りは共通設計でしたが、西武としては画期的な新造車となりました。
抑速付きHSC-D制動・150Kw主電動機×8基/4両・新設計のダイレクトマウント式台車FS372、072と
従来の赤電性能を大きく陵駕するもので初物づくしでした。
 当初は、西武秩父行き列車は、PRも兼ねて殆どが池袋・秩父直通でしたが、昭和58年12月の改正
以降は、飯能で運転系統が分断され、特急と土休日の快速急行のみが直通運転となりました。
その後秩父線用の4000系の登場や、秩父鉄道への乗入れが開始されたのが平成元年だったと思います。


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                            (各写真はクリックで原寸になります)
平日は池袋・西武秩父間 2往復の設定でした。開通から2ヶ月間は予備車なしの2編成体制でした。
  写真は第三編成(日立製)5505F 武蔵横手~東吾野  昭和44年12月
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 開通後最初の秩父夜祭臨時特急 第三編成完成で初の8連が組めるようになりました。
   写真は5501F+5503F臨時特急秩父行き  東吾野~吾野  昭和44年12月3日
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  同じく臨時特急 5503F+5501F 元加治~飯能  昭和44年12月3日
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  第三編成5505F  西武秩父行きちちぶ3号  秋津~所沢  昭和44年12月
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    同上列車
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 上り運用まで待機の第一編成5501F  西武秩父駅     昭和44年10月
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 秩父線は新設山岳路線ですので思いのほか撮影ポイント確保が難しく、当時プアなカメラでしたから
所詮望遠など使うすべも無く、専ら線路に近寄れる吾野線で写しておりましたが、赤電一辺倒だった
ローカル線が昭和44年10月14日を境に、一躍特急やF級電機、新造の101系等が頻繁にやって来る
幹線?に昇格したのですから、もう興奮の連続で懸命に写真を写していた事を思い出します。
 しかし、個人的にはこの年を境に、結果的に黄色い電車が大量増備されてゆき、往年の西武らしさが薄
まってしまって残念に思ったのも事実でした。

  101系(111F)準急池袋行き  当時は大半が池袋直通運転でした。
    武蔵横手~東吾野   昭和44年12月
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  同じく101系(115F) 西武秩父行き   昭和44年12月
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  101系以外にも赤電達も上がって来ました。
  写真は779F 西武秩父行き  武蔵横手~東吾野  昭和44年12月
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  こちらは785F 西武秩父行き 同上区間    昭和44年12月
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  吊り掛け車も来ます。525F 西武秩父行き   同上区間   昭和44年12月
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  E851も頻繁にやってきました。   E853    同上区間   昭和44年12月
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E851形の牽く東横瀬行きタンカー列車。  武蔵横手~東吾野   昭和44年12月  
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同上列車。セメント製造燃料用の各種タンカー(タキ1500・4500・9800)などとスム201、テキ401等の
混成列車でした。      武蔵横手~東吾野   昭和44年12月
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  西武秩父線開通以前の吾野止まりの頃の区間列車。
   311系が2連でのんびり往復しておりました。318F   高麗駅   昭和37年
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            (ブログ内掲載の写真・記事等の転載はお断りします。)
 

by tetudankai5501 | 2012-02-23 01:20 | 西武鉄道 | Comments(8)
2012年 02月 18日

西武の荷物電車

 

所沢で秋津方から3番線に入線するクモニ4                      
                                      (各写真はクリックで原寸になります)
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 今回は、赤い荷物電車の思い出です。
 西武には元武蔵野5570モハ301形の内、301・303の2両が昭和36年まで半室が荷物室付きの実質
モハニとして存在しましたが、301形の荷物室撤去に伴い、単体の荷電として元国鉄木造モニ3412を昭和
35年に木造のまま復旧したのが荷物電車の始まりでした。モニ3411・3412の2両が昭和34年頃、上石神
井検車区に留置されていましたが、単に部品取りと思っていただけに、そのまま生き返り本線を闊歩し始め
たのには正直驚きました。片方の3411は部品取り後解体されました。
 この木造荷電はモニ1と称し、昭和38年まで使用されましたが、さすがに老朽化で耐えられず、
短期間で二代目モニ1に引継ぎました。

2代目モニ1は一畑出戻りの両運モハ162が当てられ、昭和38年1代目に引き継ぐ形で就役しました。当初
単行運転の為、HL制御のままでしたが、その後国鉄標準部品を備えた、クモニ2~4が就役した後併結の
必要上CS5に台車共々取り替えられました。
 続くクモニ2は元国鉄身延線で使用された、クモハ14100で昭和35年西武に払下、以降電装品を取られ
クハ代用モハ352としてモハ381と組んで狭山湖で使用され、その後電装されクハ1301形や1211形等と
組んで狭山湖急行等にも使われ、池袋まで出てきたことも有りました。しかし1形式1両の異端児でクロス
シートだったこともあり、昭和39年に荷電クモニ2に改造されます。改造後元運転台側は切妻に貫通路側は
貫通路を残した切妻スタイルとなり前後で形態の違う珍車となりました。
 更に昭和42年、元311系の335・338(元国電31系)の2両が荷電に改造されます。
こちらはほぼ原型を保っていますが、車体は張り替えられシール・ヘッダーの無いすっきりした形態でした。

                          
 初代の木造荷電モニ1    練馬   昭和36年
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 同じモニ1     富士見台~石神井公園     台車がいつの間にかブリルになっています
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 2代目クモニ1     武蔵藤沢~稲荷山公園  昭和40年
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クモニ1      萩山駅にて    昭和41年
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 クモニ1   国鉄型標準部品に置き換られています   昭和43年  (H氏撮影)
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 同上クモニ1     小手指検車区   昭和43年
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 クモニ2       秋津~所沢    昭和42年
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  クモニ4       小手指検車区   昭和43年
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クモニ4+クモニ1       
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 小川に停車中のクモニ2   昭和43年(再掲)
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  小川を萩山方向へ発車して行くクモニ2   昭和43年
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 車暦をまとめておきます。

初代モニ1  国鉄モニ3412(モハ10改造木造車)→西武モニ1(昭和35年)→廃車(昭和38年)
二代目クモニ1 武蔵野鉄道5855→1231→1232→一畑デハ11(昭和32年)→西武162(昭和36年)
          →クモニ1(昭和38年)→廃車(昭和48年)

 クモニ2   国鉄クモハ14100→西武モハ352(昭和35年)→クモニ2(昭和39年)→廃車(昭和52年)
 クモニ3・4  西武クモハ335・338→クモニ3・4(昭和42年)→廃車(昭和52年)


             (ブログ内掲載の写真・記事等の転載はお断りします。)       

by tetudankai5501 | 2012-02-18 01:56 | 西武鉄道 | Comments(12)
2012年 02月 13日

最後の赤電西武801形

 

  701系から101系に繋ぐ赤電最終形
                           
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                                    (各写真はクリックで原寸になります)


 今回は、少し順番が違いますが最後の赤電として有終の美を飾った801形を取り上げました。
早いもので、801系も登場からもう44年が経過しました。今は流鉄と上信電鉄に各1編成現存
するだけとなってしまいましたが、何とか長生して貰いたいと思います。
701系が大量生産され、昭和42年に番号が796までと48編成の大世帯となりましたが、このまま
増備すれば800代に突入と言うことで、気を揉みましたが寸前で製造終了となり事なきを得ました。
 新形式801形は、701形の改良版で、赤電としてはほぼ完成の域に達したと思いました。

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編成基本構成は701形に準じましたが、車体は半年前に製作された423以降同様にセミ張上屋根
タイプに変更され、外見上とても洗練された姿となり、最後の赤電に相応しい車両と言えましょう。
床下機器配置は701系と同様、奇数電動車に補機類、偶数電動車に制御機器が搭載されていまし
たが、MGを初の交流式12KVAと増強、室内灯の40W化が計られ明るい車内となります。
701形との最大の相違点は、制御車の台車に初の新造エアサス式FS067を採用、西武初の完全な
新車となった記念すべき形式であります。この新台車はインダイレクトマウント方式で、ボルスタ
アンカーは台車に付いていましたので、在来車の台車交換にも容易に対応出来るよう設計された
ものと思いましたが、実際に本台車形式を踏襲したのは、吊り掛け車のDT10を置き換える目的で
作られたFS40に留まり、後のクハ1701形のTR-11A交換に当たっては、101系に採用されたダイレクト
マウント方式のFS072となりました。よって1801形のFS067台車は801系10両分のみが生産された事
となります。モハの台車は従来からのFS342をそのまま用いています。どうしてFS367を作って統一
しなかったのかが不思議です。ラッシュ時にはクハとモハで大きな段差が生じておりました。もっとも
西武では以前から、501系等でエアサス車と板ばね車と日常的に連結していたので、問題なかった
ようですが、見た目にはとても気になる光景でした。


   809F 小手指検車区   昭和43年
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   801F新製当初    武蔵藤沢~稲荷山公園    昭和42年11月
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   同じく801F  武蔵藤沢~稲荷山公園   昭和42年11月
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1802 この滑らかな側面が綺麗でした。    所沢にて     昭和42年12月
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   801F     所沢にて     昭和42年12月
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   805F+351系   ひばりヶ丘~東久留米 昭和43年
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   大泉学園に進入する801F  クハ1802他 バラが綺麗な駅でした。   昭和42年
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    池袋を出発する1802他6連   昭和42年
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    801F   保谷付近   昭和42年
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 801形の登場は昭和42年で、翌年には西武秩父線開通を控え、新系列車に移行することから、僅か
5編成のみの少数が製造されるに留まります。701系をもっと早く801系に移行しておけば良かったの
にと外野の私などは思ってしまいました。
 尚西武車には、旧国電同様に室内ドア部にスタンションポールがずっと存在しましたが、701系
最終ロットから撤廃されており、当形式には最初から付いておりません。

製造当初は池袋線で使用されますが、101系が登場してからは新宿線系統で主に使われました。
いわゆる冷改・HSC制動化は昭和53年から58年に亙って行われましたが、この時他の冷改車同様
黄色一色に塗装変更されて赤電に別れを告げました。冷改後は車体外観が101系と類似なことから
一見見違える事がありました。冷改直後は池袋線に再配置されますが、後に701系類冷改車の新宿線
集結により配転が行われています。

  クハ1809   小手指検車区    昭和43年
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  同第二エンド     小手指検車区     昭和43年
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  モハ809       小手指検車区     昭和43年
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  モハ810       小手指検車区     昭和43年
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  クハ1810第二エンド   小手指検車区    昭和43年
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  810+1810         小手指検車区    昭和43年
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  クハ用台車FS067 西武初の新製エアサス台車です 
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車内風景クハ1801   昭和42年  大泉学園~石神井公園
昼下がりの池袋行き。乗客の姿に昭和を感じます。
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801系の赤電カラー写真がありませんので、雰囲気で159Fです。 H13年10月
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編成表
1801+801+802+1802(S42新製)S53冷改・HSC化→上信クモハ154+クモハ153 (H6年)
1803+803+804+1804(S42新製)S53冷改・HSC化→流鉄クモハ2001+クモハ2002(H6年)
1805+805+806+1806(S43新製)S58冷改・HSC化
1807+807+808+1808(S43新製)S58冷改・HSC化
1809+809+810+1810(S43新製)S58冷改・HSC化→流鉄クハ22+モハ2102+クモハ2004(H9年)


譲渡表
801→上信クモハ154
802→上信クモハ153
803→流鉄クモハ2001
804→流鉄クモハ2002
809→流鉄クモハ2004
810→流鉄 モハ2102

1801→上信クモハ154(運転台のみ移設)
1802→上信クモハ153(運転台のみ移設)
1803→流鉄クモハ2001(運転台のみ移設)
1804→流鉄クモハ2002(運転台のみ移設)
1809→流鉄クモハ2004(運転台のみ移設)
1810→流鉄  クハ22

            (ブログ内掲載の写真・記事等の転載はお断りします。)





 

by tetudankai5501 | 2012-02-13 21:34 | 西武鉄道 | Comments(6)
2012年 02月 13日

Adele

Adele

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 今日の第54回目のグラミー賞、Adeleの一人勝でしたね。この人の曲は
英国風R&Bなのですが、とても好きです。
Rolling In The Deep,One And Only,Someone Like You・・・
若いのに抜群の歌唱力。ハスキーなボイスも素敵です。
特にOne And Only は泣かせてくれます。久し振りの本格派歌手だと思います。

それから、Whitney Houston の突然の訃報。びっくりしました。デビューした頃
を想い出します。昔デビュー版のLP買いました。ご冥福をお祈りします。

 団塊世代の自分は、小さい頃から洋楽が好きで特にMotown Soundが好みで
した。多分当時のFEN放送の影響だと思いますが、未だにSoul Musicが大好き
なのです。 

by tetudankai5501 | 2012-02-13 20:01 | 音楽・オーディオ | Comments(0)
2012年 02月 11日

西武初の新性能車601形




営業運転初日の601F1602       保谷駅     昭和37年12月
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 今回は、551形に続いて昭和37年末に登場した601形の思い出です。当時の西武電車の
付番はモハが3桁、付随車は単純に相方に1000を加えたものが基本となります。
例えばこの601形ですと、Tc+M’+M+Tcなので、(奇数・飯能)1601+601+602+1602
(偶数・池袋)なのですが、2連ですと例えば401+1402と奇数、偶数が背中合わせの組み
合わせとなります。西武ではこの601形から中間電動車が出現するのですが、昭和39年度
からMcはクモハ、Mはモハと国鉄式に分類する事と成ります。
 さて601形は先の551形の処で前述したように、車体は551形をそのまま踏襲し、足回りを
一新した形式で、次の701形への橋渡し的な存在となりました。西武初のカルダン駆動を採用
、制御装置は電動カム軸多段式MMCHT-20A、DT21(FS342)台車、MT54-120Kw主電動
機の採用、M+M’方式4両一編成一制御装置、パンタは編成に一基と従来の走り装置を
一新したものとなります。但し在来車との併結を前提としたため、制動装置は従来どおり
空制のみのAMAE方式でした。更に残念なのは、Tc台車が従来どおり釣り合い梁式TR11A
、CPも実績重視?の見地からAK-3のままと、非常に中途半端な新性能車となったことでした。
ただMT54主電動機は国鉄165系より若干早い採用となります。
 性能面では、当時最新の強力な主電動機を得た訳ですが、在来車との混結運転の必要性
から、主幹制御器は従来どおりの3ノッチ式で、弱め界磁は4ノッチでは無くて”押しスイッチ”
方式と言う珍しい?ものでした。勿論当時のダイヤは吊り掛車の性能で引かれていましたので
4連単独運転等では3ノッチまででも充分でしたが、例の非力な2M4T等と連結された際には
弱め界磁を活かして頑張っておりました。
 一時期、上記2M4Tのサハ2両を601系に挟んでTc+T+M’+M+T+Tcとすることも考え
られていた様ですが、さすがにこの計画は実現しなかったのは幸いでした。

 ともあれ、西武最初の”非吊り掛け車”と言う事で西武線も他社に遅れること約8年でようやく
カルダン駆動車が走り始めました。本形式からやっと足回り機器探しという束縛から解放され
新車増備の制約が無くなったのか、製造ピッチも上がり701系増備時代は、月産4両(一編成)
と急速にカルダン駆動車の増備が行われました。ただTcの台車は701系も合せると220基の
TR-11Aをどう調達したのかが不思議です。




                       (各写真はクリックで原寸となります)
 新製後初の営業運転から保谷入庫の601F    保谷   昭和37年12月
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全検出場で美しい613F   上石神井区   昭和43年
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 601形は601F~614Fまで7本と比較的少数が製造され、次は足回りは同様で車体を新設計
された701系に引き継ぎ、大量増備が行われる事となります。
 後年601形は、701形冷改時にモハMMユニットのみ701系中間に組み込まれてしまい形式
消滅しますが、そのとき余剰となったクハの約半数が車令19年余りで廃車と成ってしまいました。
ともあれ、601形は西武最初の新性能車として記念すべき車両だったと思います。

  所沢駅にて 601F   昭和38年
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  607F   ひばりヶ丘~東久留米  昭和43年
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  613F   東久留米~清瀬  昭和38年
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  609F    小手指信号所  昭和43年
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  609F    小手指区     昭和43年
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  クハ1609    小手指区   昭和43年
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  モハ614      上石神井区    昭和43年
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 モハ613      上石神井区    昭和43年
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   608+1608     小手指(信)    昭和42年
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狭山ヶ丘にて        昭和42年
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小手指(信)~狭山ヶ丘 昭和42年 この日はダイヤが乱れていて小手指(信) 
  仕立ての下り列車で前サボが有りませんでした。
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  小手指信号所にて609F  昭和43年
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  初の新製台車FS342(モハ)対旧態依然のTR-11A(クハ)
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こちらは、所沢駅東側に在った建屋です。チに新着のFS342が積まれて居ます。    昭和38年
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所沢4番ホーム北端より、秋津方を見たところです。まだ電機格納庫は有りません。  昭和38年
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 編成表                           
1601+601+602+1602(S37年)
1603+603+604+1604(S38年)
1605+605+606+1616(S38年)
1607+607+608+1608(S38年)
1609+609+610+1610(S38年)
1611+611+612+1612(S38年)
1613+613+614+1614(S38年)

 改番と譲渡
601+602→701-1+701-2(S51年)  701系冷改編成に組込み6連化
603+604→701-3+701-4(S51年)  701系冷改編成に組込み6連化
605+606→701-5+701-6(S52年)  701系冷改編成に組込み6連化
607+608→701-7+701-8(S56年)  701系冷改編成に組込み6連化
609+610→701-9+701-10(S56年)  701系冷改編成に組込み6連化
611+612→701-11+701-12(S56年)  701系冷改編成に組込み6連化
613+614→701-13+701-14(S57年)  701系冷改編成に組込み6連化

1601→1657→廃車
1602→1658→流山クハ81
1603→1659→流山クハ71
1604→1660→廃車
1605→1661→一畑クハ191
1606→1662→上信クハ105
1607→(廃車S56年)
1608→(廃車S56年)
1609→(廃車S56年)
1610→(廃車S56年)
1611→(廃車S56年)
1612→(廃車S56年)
1613→(廃車S57年)
1614→(廃車S57年)

             車両の所属標記(参考)
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            (ブログ内掲載の写真・記事等の転載はお断りします。)

by tetudankai5501 | 2012-02-11 23:08 | 西武鉄道 | Comments(15)
2012年 02月 10日

西武551形


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 551形は昭和36年度から製造された、4連基本編成としては吊り掛け駆動の最後の形式となります。
車体形状は前作の451形と前々作の501形をミックスした型で、前面2枚窓復活です。
 湘南形の発展型とでも言いましょうか、中桟を細くした斬新な形状でその後の西武車両の基本形と
なり801系・101系までと、その類形としてN101や3000系まで続くいわゆる西武顔の初代車と成ります。
 側面窓・扉配置は451形と同様の2窓1ユニットで3扉を踏襲、車内見付けもほぼ451形と同様ですが、
車端部の吊り革・網棚支持パイプの削減、ファンデリアの増設(2基→4基モハは一箇所毎、サハは車
端部から一箇所毎に配置、側扉に初のアルミハニカムドアの採用(但し車内側は塗装仕上)、貫通路
の再広幅化等が変更されました。外観は正面は前述の様に変形湘南形、通風器は国電型グローブ
ベンチレーター、車番標記の金属板切抜き貼り、当初から標識灯の埋め込み化等在来車に較べレベル
アップされておりました。
 しかし、足回りや制御装置等の装備機器は在来車同様の、DT10台車・MT15主電動機(100Kw)・
CS-5制御装置・AK3CPで相変わらずの戦前型省線電車の走りでした。唯一の変化はMGが3Kw
に容量増と成った位です。
 551形の特徴としては、電機連結器の初採用が挙げられます。これは編成の長大化に備え電磁弛め
弁と共に採用された当形式からの新装備で、途中駅での連結、解放の簡便化に貢献しました。これ等
の装備は、後に在来車全体に及ぶこととなります。
 面白いのは、電連が編成中間部にも使われていた事ですが、後に一般型のジャンパ栓に変更され
ています。
 昭和36年末から始まった朝の急行8連化に際し、所沢での4両増結運用に本形式が優先的に使用
されますが、その為、新宿線配属車も池袋線に集約されました。
編成は当初4両固定のMc+T+T+Mcでしたが、昭和43年に501系の2M4T編成解消による中間サハ
2両5組を当形式に挟み、5本が6両編成となります。組み込みサハは一方を電装化してモハ571・サハ
1571形を名乗ります。元々増結車はサハ1551型の増備車であった為、全く違和感は有りませんでした。
 更に昭和53年この571ユニット2両は551系編成から外され独立してMc+Tc化されます。但し番号
はモハは奇数車のみで、クハはモハが奇数車のみだったので当時の西武の番付流儀の通り全車偶
数車となります。
赤電グループでは、多摩湖線の351形を除くと最後まで残り、昭和60年代当初まで使用されました。
尚台車は、当初411系で使用されていたFS40が同車のFS372化で余剰となった為、本形式が貰い
受け吊り掛けながらエアサス化された車も出現しました。571系は最終的に全てFS40に履き替えて
います。
 尚中途で室内蛍光灯の40W化が計られましたが、全車に及んだかは定かではありません。



 完成直後は上石神井配置で新宿線で使われました。上石神井区   昭和36年
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 赤電吊り掛車4両固定としての最終編成561F試運転  秋津  昭和37年
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 上同試運転車保谷帰還、 レジンシューを最初に試用した編成でした。 保谷  昭和37
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 561F他8連準急池袋行き  秋津~所沢  昭和44年
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 国分寺線区間運用に就く559F   東村山  昭和43年
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 朝の各停ひばりヶ丘行き559F    保谷~ひばりヶ丘  昭和S37年
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練馬駅にて   昭和36年
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 吾野~飯能区間運用に就く553F   東飯能駅  昭和37年
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同上   モハ554      東飯能   昭和37年
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電連付を買われて、朝の所沢増・解結の急行に積極的に充当されました。東長崎~江古田 昭和37年
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 575+1575を組み込んだ6両固定編成化後の555F   小手指区  昭和44年
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 クモハ553       小手指区    昭和44
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 サハ1554       小手指区    昭和44年
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 中間電動車モハ575   小手指区    昭和44年
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 サハ1575        小手指区    昭和44年
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 初採用電気連結器   551F    上石神井区   昭和36年
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 切り抜き車番標記
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 451系と
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 所工出場後暫く保谷庫でED14-3と供にに留置中の551+1551。
 前面ガラスは入荷待ちの状態でした。  保谷庫     昭和36年
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編成表(記載内容・数値に誤りがあれば、ご容赦下さい)
551+1551+1552+552(S36年)   
553+1553+1554+554(S36年)
555+1555+1556+556(S36年)
557+1557+1558+558(S36年)
559+1559+1560+560(S37年)
561+1561+1562+562(S37年)
1563+1564(S37年)→571+1571(S43年551編成組込)→(S53年Mc+Tc化571+1572)
1565+1566(S37年)→573+1573(S43年553編成組込)→(S53年Mc+Tc化573+1574)
1567+1568(S37年)→575+1575(S43年555編成組込)→(S53年Mc+Tc化575+1576)
1569+1570(S37年)→1577+577(S43年557編成組込)→(S53年Tc+Mc化1578+577)
1571+1572(S37年)→1579+579(S43年559編成組込)→(S53年Tc+Mc化1580+579)

晩年2連化時の編成( )内は元601系クハ1601形
556+(1657)
557+(1660)
558+(1659)

譲渡表

551(運転台のみ)→一畑デハ93
552→一畑デハ93(両運) S61年
553(運転台のみ)→一畑デハ92
554→一畑デハ92(両運) S61年
558+(1659)→流山モハ1301+クハ71 S62年
560+(1661)→一畑デハ91+クハ191 S60年
561+(1658)→流山モハ1210+クハ81  S59年

575+1576→三岐クモハ607+クハ1608 S63年

 記載なき車番は、譲渡無く廃車です。

            (ブログ内掲載の写真・記事等の転載はお断りします。)

by tetudankai5501 | 2012-02-10 01:39 | 西武鉄道 | Comments(6)
2012年 02月 08日

西武の電機と貨物列車


                                      (各写真はクリックで原寸となります)
E851新製時  昭和44年9月 三菱
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 貨物輸送が盛んだった頃の西武には、多種多様な機関車があり、古典機はまるで動態
保存然としていました。私が実際に目にしたのは、E11,21,41,51,61,71そしてE851でした。
E31(3代目?)を見たのは159Fが赤電展示した時ですので、2001年になってからでした。
その頃は既に古典機は全て廃車となり、横瀬に集結保存車になっていました。
国鉄形式ED10→E71、ED11→E61、ED12→E51それに一時期近江に行ったED14-3も
在籍しました。どの輸入機も希少価値のあるものばかりです。大きな庇のGE製E71,田窓
と繊細な台車、そして図太いホイッスルが印象的だったE61、何よりも個性的だったB・B・C製
E51は大きな車輪、屋根上のエアータンク、長いひさし、数多くの側面窓、大きな正面窓等どこを
見ても欧州機の雰囲気を醸し出していました。正面運転席側前面の窓は後に開けられたそう
ですが、まるで初めから其処にあったように違和感無く増設されていました。
 E851は勿論民鉄最初で最後のF級電機ということで、デビューした時はそのスタイル、塗色
、側面の丸窓といい国鉄型を完全に抜いた欧州スタイルで、E51の後継車に相応しいもので
した。このスタイルは後に知ったのですが、かの黒岩保美様のデザインだったそうです。
 E851の西武入線を最初に見たのは、池袋の国鉄連絡線の処に、甲種輸送後1台到着して
いたときでした。
三菱・三原から遙々やって来た訳です。国鉄牽引機は見当たりませんでした。暫くするとE41だ
ったと思いますが、通常の貨物列車と一緒に組成し、機関車次位に連結され小手指まで送られ
て行きました。カメラを持って無かったのが何とも残念でした。
 秩父線で運行開始した当初は、繋がる貨車達も全部新車です。ワフ101、タキ1900、テキ401
の堂々14両編成見事でした。
  E851の最後は、ファンも驚嘆の客車牽引、よもやの12系6連でした。駆けつけることが出来
なかったのが未だに残念至極ではあります。
 しかし、静態保存とは言えこれ等の機関車の殆どが保存されて居るのは、何とも嬉しいことです。
以下各形式毎に写真を掲げてみます。写真の(H氏)は友人H氏の撮影です。


小手指で検収中のE52・E21・E71 昭和41年
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E11 E11~E13 武蔵野鉄道がW・Hから大正11年 輸入。出力300Kw。
 E11→越後交通(昭和44年)
 E12→廃車(昭和48年・保谷に保存)
 E13→弘南鉄道(昭和36年)
  写真はE11   小手指区 昭和41年(H氏)
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  廃車留置中のE12・11  小手指  昭和44年
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 E21・E22 武蔵野鉄道 昭和2年  川崎造船。出力568Kw。
 池袋線の砕石輸送貨物に用いられる事が多かった。E21昭和48年、E22昭和53年廃車
 E21   小手指区  昭和41年
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 E22   小手指区   昭和40年(H氏)
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 E41 E41・42・43・44 
 昭和2年青梅鉄道輸入機。 E・E製。西武には昭和24年から25年に譲り受け、E41・42に。
E43・44は昭和35年に譲り受け。4両それぞれ細部で異なる。昭和51年から62年廃車で、E43は
保存。E44はJR貨物に引き取られる。出力460Kw
  E44    小手指区  昭和41年
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  E41    小手指区  昭和41年
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  E41    武蔵横手~東吾野    昭和44年
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   E41が牽く池袋行き列車。ワフが鋼製車に更新されています。
           ひばりヶ丘~東久留米   昭和43年
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 E51 E51・E52
 大正12年スイスB・B・C社製の国鉄輸入機。西武には昭和25年入線。個々に車体側面形状が
異なる。当初新宿線系で使用。後に全線で運用する。出力875Kw。
  E51   小手指区  昭和41年
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  E52   横瀬  平成13年
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  E51   秋津~所沢   昭和42年
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  E52   武蔵横手~東吾野     昭和44年
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 E61  E61 
元国鉄ED11 大正12年G・E製。西武には昭和37年入線。ほぼ全線で使用する。昭和59年
廃車。出力975Kw。横瀬にて保存
  E61   小手指区  昭和41年
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   保谷に留置中のED111   昭和36年
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 E71  E71
 元国鉄ED10の2 大正12年W・H社製。西武入線はE61と同じく昭和37年。ほぼ全線で使用。
昭和61年廃車。こちらも横瀬にて保存。出力820Kw.
   E71   新所沢~入曽    昭和42年
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   E71   秋津~所沢   昭和41年 
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E851  E851~E854   昭和44年 三菱製。 
秩父線セメント輸送列車牽引用として製作。出力425Kw×6=2550Kwは民鉄最大。重連可能。
新秋津連絡線設置以前は、池袋・国分寺でセメント列車授受。緩急車は西武車が国鉄直通。
1996年セメント輸送廃止と共に使用休止。同年5月にJRから12系客車6両を借り入れ、最初で
最後の旅客列車牽引を花道に廃車。E854は横瀬保存。他は解体
  E851   高麗    昭和44年
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   E853   武蔵横手~東吾野   昭和44年
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セメント製造燃料用の各種タンカー(タキ1500・4500・9800)などとスム201、テキ401等の
混成列車でした。      武蔵横手~東吾野   昭和44年12月
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   E851   武蔵横手~東吾野   昭和44年
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   E851の牽くタキ10連セメント列車    東吾野~吾野  昭和44年
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   出発待ちのセメント貨車返送列車  E851・ワフ101・タキ1900全部新車でした。
      狭山ヶ丘   昭和44年
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   E31  E31~E34
1986年 西武所沢工製。出力130Kw×4=520Kwと小出力。老朽輸入機の代替え機だが
小出力故重連が基本。貨物廃止後は工事列車牽引や甲種輸送等に使用されたが、2010年に
全車引退。E31は横瀬保存。他は大井川鉄道譲渡。現在未使用。
   E31   横瀬   平成13年
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 小手指庫にてE22とE71  手前は試運転前の101系第一編成  昭和43年12月
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            (ブログ内掲載の写真・記事等の転載はお断りします。)

 
資料添付  元山形交通ハフ1と2   昭和43年11月  小手指区
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by tetudankai5501 | 2012-02-08 21:15 | 西武鉄道 | Comments(6)
2012年 02月 05日

西武451形


 今回は西武赤電の中でも終始地味な存在であった、451系について辿ってみました。
 451系は501系二代目の後を継ぎ、昭和34年秋に登場した西武最初の両開き扉を採用し国鉄
101系を模した車体で、湘南形の在来車に比べ多分に工作の簡素化を意識した設計でした。
当時国鉄で試作された貨物気動車キワ90が当車に形状、塗色共に類似していました。
足回りも501系のMT30系128KwからMT15系100Kwにダウン、台車も当初DT10平軸受と取り
合えず走れば良しと言う性能で乗り心地も悪く、走行性能に見るべきものは有りませんでした。
最初はモハだけの新造で相方はクハ1411型、1461代(正面広窓)と1451代(正面狭窓)とちぐは
ぐな編成で、モハは相手方クハよって461代と451代に番号分けをしていました。
当初20両は新宿線に集中投入、池袋線には同型サハと4両固定編成とした471~474が翌年から
配置されました。3本目からは赤電新塗装で出場しますが、何故か番号が飛んで481番代となります。
481番代は481~488まで計6本の4両固定編成車が登場しました。
その後はサハ1489~1492の付随車のみが製造されます。これは当初371型と組みますが、程なく
CS5化された社型301型と組み直し、池袋線で暫く新旧混成珍編成で活躍しておりました。
サハに引き続き今度はクハのみ6両(1451~1456)を製作しますが、これらは551系の影響を受け
451系唯一のグロベン車で登場しました。451系は全部で54両が製作されたことになります。
 

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 この編成は、最初に登場(S34)のグループの452+最後増備(S37)グループの1451。
        上石神井   昭和43年      (各写真はクリックで原寸となります)
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  初代481F 482+1482+1481+481 未だ露出式標識灯。  井荻  昭和38年
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  池袋線に配置されていた1487+452と701系6連。   ひばりヶ丘~東久留米  昭和43年
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  西武園線の初代483F西武園行急行 483+1483+1484+484 東村山~西武園  昭和37年
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  こちらは1455+456。グロベンとガラベンの組み合せ。 萩山  昭和38年
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  この側面の窓配置は、601系までと、飛んで3000系に引き継がれました。
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  サハ1476  上石神井   昭和43年
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 池袋線配置の頃初代483F 483+1483+1484+484 保谷~ひばりヶ丘 昭和36年
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  登場時のオリジナル塗装車、462+1461    柳瀬(元)信号所   昭和36年
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451系番号変遷と譲渡先 (451系は難解ですね。誤り等あるかも知れません。ご容赦ください)

クモハ
451→三岐クモハ601
452→一畑デハ82
453→三岐クモハ603
454→一畑デハ83
455→1471(Tc化)
456→472
457
458
459
460
461→上信クモハ105(尚上信での連結相手は元西武1601形の1662→クハ105)
462
463→上信クモハ103
464→上信クハ102
465
466→上信クハ103
467→上信クモハ102
468→上信クハ101
469
470
471→三岐クモハ605
472→1472(Tc化)→三岐クハ1606
473
474
481→475
482→476
483→477
484→478
485→479
486→480
487→481→455→上信クモハ101
488→482(事故廃車)

サハ
1471→ 493(M化)
1472→1493
1473
1474
1481→1475
1482→1476
1483→1477
1484→1478
1485→1479
1486→1480
1487→1481→ 497(M化)
1488→1482→1497
1489→(一時301・302と編成)→1483(一時483・484と編成)→499(M化) 
1490→(一時301・302と編成)→1484(一時483・484と編成)→1499
1491→(一時303・304と編成)→1485(一時455・456と編成)→495(M化)
1492→(一時303・304と編成)→1486(一時455・456と編成)→1495

クハ
1451→1487一畑クハ182
1452→1488→三岐クハ1602
1453→1489→一畑クハ183
1454→1490→三岐クハ1604
1455→483(Mc化)→1485→一畑クハ181
1456→484(Mc化)→ 456→一畑デハ81

最終編成表
6連口
473+1473+493+1493+1474+474
475+1475+495+1495+1476+476
477+1477+497+1497+1478+478
479+1479+499+1499+1480+480

2連口( )内車番は451形以外の形式
451+1488
1487+452
453+1490
1489+454
455+(1434)
1485+456
457+(1658)
(1657)+458
459+(1660)
(1659)+460
461+(1662)
(1661)+462
463+(1444)
(1443)+464
465+(1446)
(1445)+466
467+(1442)
(1441)+468
469+(1450)
(1449)+470
471+1472
1471+472

車内
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台車は全て電動車DT10(TR14)、付随車TR11でした。473及1482までプレーン軸受けでの出場です。
後年、全車コロ軸受け及び制動特性統一の為レジンシュー化されました。
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            (ブログ内掲載の写真・記事等の転載はお断りします。)

by tetudankai5501 | 2012-02-05 17:32 | 西武鉄道 | Comments(8)
2012年 02月 02日

2代目西武501形


 501系(2代目)は、昭和30年代中期の池袋線を代表する車両でした。
旧501系(17m)の後を受け、続番で521~530が第一期として最初に出場、形態は当時の
国電全金車72系920台や70系300台の影響を強く受けた西武初の全鋼製20m電動車で、
2段完全上昇窓、Hゴム支持の戸袋窓、イボ付きシート張り鋼板屋根等が特徴でした。
第二期増備車は、旧501系が17m車と言う事で411系(初代)に改番される事となり、
そのサハ1501~1520をそのまま挟んだ両端クモハのみ20両製造されました。
車体構造はほぼ同じですが、屋根はビニールシート無しで銀色に塗装されました。
更に511以降は車内吊り手受けが、網棚支持兼用のパイプ構造になります。
(詳細には、これが第三期となります。)これは後の451系以降にも引き継がれます。

 整理しますと
第一期 521~530 昭和32年~同33年製 サハも同時新製。台車はTR22
第二期 501~510 昭和33年製 サハは旧501系の1501~1510で木製雨樋。
             (後に鋼製細雨樋に取替え)台車はTR25類。
第三期 511~520 昭和33年~同34年製 サハは旧501系の1511~1520で鋼製細雨樋。
             台車はDT13又はDT12。(但し518~520はTR22)
             TR22以外は後に全て401系初代で試みた空気バネ付きに改造されました。

一時期サハ1563~1572を各2両ずつ組み込んだ2M4T編成を組んだことも有りましたが、
これは後に半数が電装化され571型として同形態の551系に組み込まれました。
 尚、2M4Tはモハの負担平均化の目的で固定編成では無く、定期的な編成換えを実施していました。
又当時吊り掛け唯一の弱め界磁使用車でも有りましたが、加速が悪い為、駅間距離の短い区間では
弱め界磁段に入る前にノッチオフ、即制動といった状況で、余り役立ちませんでした。
新宿線で2M4Tが殆ど使われなかったのはこの事が理由かと思われます。
しかし一時代を築いた赤電吊り掛け車を代表する、501系(2代目)の保存車が無いのが何とも残念です。
 (この項は、以前に田駄様の「西武鉄道画像保管箱」に投稿させて頂いたものに加筆・修正しました。)

写真は第一期車529F 。サハも同時製造で揃った編成美です。台車はTR22   小手指区  昭和43年
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こちらは第三期車515F。サハは旧501系一代目車。 台車はDT13 ひばりヶ丘~東久留米 昭和42年
この編成の中間サハは、大井川譲渡後客車スイテ821、ナロ801となります。
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こちらも第三期最終増備車のクモハ519 台車はTR22 小手指区   昭和43年
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こちらは第二期車のクモハ504 台車はTR25改 小手指区   昭和43年
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こちらも第二期車 クモハ502 空気バネ改造前   吾野  昭和37年
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写真は最初に登場の第一期車521F  江古田駅    昭和36年
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こちらも第一期車529F 保谷~ひばりヶ丘  昭和36年
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クモハ504を先頭にした朝の急行503F+421形×2  保谷~ひばりヶ丘  昭和37年 
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写真は第三期車513F飯能行き    所沢~西所沢  昭和37年
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サハ1551型2両を中間に挟んだ、501系による2M4T編成。先頭はモハ522。小手指区 昭和41年
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複線化成った小手指(信)~狭山ヶ丘を行く519F   昭和42年
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写真は第一期編成組み込みサハ1527。モハと同形態。   小手指区   昭和43年
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こちらは第三期編成組み込みサハ1512。旧501系一代目車。  小手指区    昭和43年
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 台車写真 上DT13改空気バネ。下TR22 共に主電動機はMT30出力128Kw
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 最後に譲渡先を記述しておきます。(誤り等有りましたらご容赦下さい。)

クモハ                         サハ
521→伊豆箱根モハ1012            1521→伊豆箱根サハ2007
522→伊豆箱根モハ1011            1522→伊豆箱根サハ2008
523→流山クモハ1206              1523→三岐サハ1523
524→流山クモハ1207              1524→流山サハ63
525→三岐クモハ525               1525→三岐サハ1525
526→三岐クモハ526               1526
527→伊豆箱根モハ1013             1527→流山サハ61
528→伊豆箱根モハ1014             1528
529→伊豆箱根モハ1009             1529→伊豆箱根サハ2005
530→伊豆箱根モハ1010             1530→伊豆箱根サハ2006
501                          1501
502                          1502
503                          1503
504                          1504
505→三岐クモハ505               1505→三岐サハ1505
506→三岐クモハ506               1506
507                          1507
508                          1508
509→流山クモハ1213               1509→流山サハ62
510→流山クモハ1205               1510
511→流山クモハ1208               1511→流山サハ63
512→流山クモハ1209               1512
513                           1513
514                           1514
515→流山クモハ1201               1515→大井川スイテ821
516→流山クモハ1202               1516→大井川ナロ801
517                           1517
518                           1518
519                           1519
520                           1520

            (ブログ内掲載の写真・記事等の転載はお断りします。)

by tetudankai5501 | 2012-02-02 23:21 | 西武鉄道 | Comments(6)