団塊鉄ちゃん気紛れ撮影記

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2012年 02月 23日

西武秩父線開通のころ



秩父線の開通は、それまでの赤電達や舶来電関がのんびり走る西武電車のイメージを一変させました。
昭和44年は西武にとって画期的な年でした。新車も101、外注5001・E851が揃って登場した訳ですから、
もう驚きの連続でした。
吾野・西武秩父間19.0Kmと決して長い延長路線では有りませんが、奥武蔵の険しい山並を当時私鉄
最長の正丸トンネルで抜けて秩父盆地に至り、東京と秩父を結ぶ最短ルートとした意義は大きいものが
有りました。キャッチフレーズは、「池袋~秩父最短83分:特急ちちぶ」です。
 西武秩父線の建設目的の主題は、武甲山の豊富な石灰資源でした。横瀬にに三菱セメント(当時)が
進出し、この工場からのセメント製品輸送でした。
当時秩父へ抜けるR299はその輸送には到底無理な状況でした。西武はセメント輸送の為、正丸トンネル
前後の25‰勾配に対応して、私鉄最大のF級電機重連で対応させました。
 従ってどちらかと言うと、貨物輸送主で観光目的は従であったのですが、この際長瀞・三峰・秩父周辺
の観光開発も併せてアピールする趣旨から、西武初の特急「レッドアロー」の登場となりました。
特急は当初平日はたった2往復の純然たる観光特急でした。
その後、後年次第に通勤ライナー的性格をおび、夜の下り飯能行きが増発され定着するに至りました。
 一方普通列車は、池袋・西武秩父直通の急行・準急用として、新設計の101系が用意されました。
特急5000系と足回りは共通設計でしたが、西武としては画期的な新造車となりました。
抑速付きHSC-D制動・150Kw主電動機×8基/4両・新設計のダイレクトマウント式台車FS372、072と
従来の赤電性能を大きく陵駕するもので初物づくしでした。
 当初は、西武秩父行き列車は、PRも兼ねて殆どが池袋・秩父直通でしたが、昭和58年12月の改正
以降は、飯能で運転系統が分断され、特急と土休日の快速急行のみが直通運転となりました。
その後秩父線用の4000系の登場や、秩父鉄道への乗入れが開始されたのが平成元年だったと思います。


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                            (各写真はクリックで原寸になります)
平日は池袋・西武秩父間 2往復の設定でした。開通から2ヶ月間は予備車なしの2編成体制でした。
  写真は第三編成(日立製)5505F 武蔵横手~東吾野  昭和44年12月
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 開通後最初の秩父夜祭臨時特急 第三編成完成で初の8連が組めるようになりました。
   写真は5501F+5503F臨時特急秩父行き  東吾野~吾野  昭和44年12月3日
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  同じく臨時特急 5503F+5501F 元加治~飯能  昭和44年12月3日
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  第三編成5505F  西武秩父行きちちぶ3号  秋津~所沢  昭和44年12月
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    同上列車
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 上り運用まで待機の第一編成5501F  西武秩父駅     昭和44年10月
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 秩父線は新設山岳路線ですので思いのほか撮影ポイント確保が難しく、当時プアなカメラでしたから
所詮望遠など使うすべも無く、専ら線路に近寄れる吾野線で写しておりましたが、赤電一辺倒だった
ローカル線が昭和44年10月14日を境に、一躍特急やF級電機、新造の101系等が頻繁にやって来る
幹線?に昇格したのですから、もう興奮の連続で懸命に写真を写していた事を思い出します。
 しかし、個人的にはこの年を境に、結果的に黄色い電車が大量増備されてゆき、往年の西武らしさが薄
まってしまって残念に思ったのも事実でした。

  101系(111F)準急池袋行き  当時は大半が池袋直通運転でした。
    武蔵横手~東吾野   昭和44年12月
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  同じく101系(115F) 西武秩父行き   昭和44年12月
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  101系以外にも赤電達も上がって来ました。
  写真は779F 西武秩父行き  武蔵横手~東吾野  昭和44年12月
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  こちらは785F 西武秩父行き 同上区間    昭和44年12月
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  吊り掛け車も来ます。525F 西武秩父行き   同上区間   昭和44年12月
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  E851も頻繁にやってきました。   E853    同上区間   昭和44年12月
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E851形の牽く東横瀬行きタンカー列車。  武蔵横手~東吾野   昭和44年12月  
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同上列車。セメント製造燃料用の各種タンカー(タキ1500・4500・9800)などとスム201、テキ401等の
混成列車でした。      武蔵横手~東吾野   昭和44年12月
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  西武秩父線開通以前の吾野止まりの頃の区間列車。
   311系が2連でのんびり往復しておりました。318F   高麗駅   昭和37年
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            (ブログ内掲載の写真・記事等の転載はお断りします。)
 

# by tetudankai5501 | 2012-02-23 01:20 | 西武鉄道 | Comments(8)
2012年 02月 18日

西武の荷物電車

 

所沢で秋津方から3番線に入線するクモニ4                      
                                      (各写真はクリックで原寸になります)
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 今回は、赤い荷物電車の思い出です。
 西武には元武蔵野5570モハ301形の内、301・303の2両が昭和36年まで半室が荷物室付きの実質
モハニとして存在しましたが、301形の荷物室撤去に伴い、単体の荷電として元国鉄木造モニ3412を昭和
35年に木造のまま復旧したのが荷物電車の始まりでした。モニ3411・3412の2両が昭和34年頃、上石神
井検車区に留置されていましたが、単に部品取りと思っていただけに、そのまま生き返り本線を闊歩し始め
たのには正直驚きました。片方の3411は部品取り後解体されました。
 この木造荷電はモニ1と称し、昭和38年まで使用されましたが、さすがに老朽化で耐えられず、
短期間で二代目モニ1に引継ぎました。

2代目モニ1は一畑出戻りの両運モハ162が当てられ、昭和38年1代目に引き継ぐ形で就役しました。当初
単行運転の為、HL制御のままでしたが、その後国鉄標準部品を備えた、クモニ2~4が就役した後併結の
必要上CS5に台車共々取り替えられました。
 続くクモニ2は元国鉄身延線で使用された、クモハ14100で昭和35年西武に払下、以降電装品を取られ
クハ代用モハ352としてモハ381と組んで狭山湖で使用され、その後電装されクハ1301形や1211形等と
組んで狭山湖急行等にも使われ、池袋まで出てきたことも有りました。しかし1形式1両の異端児でクロス
シートだったこともあり、昭和39年に荷電クモニ2に改造されます。改造後元運転台側は切妻に貫通路側は
貫通路を残した切妻スタイルとなり前後で形態の違う珍車となりました。
 更に昭和42年、元311系の335・338(元国電31系)の2両が荷電に改造されます。
こちらはほぼ原型を保っていますが、車体は張り替えられシール・ヘッダーの無いすっきりした形態でした。

                          
 初代の木造荷電モニ1    練馬   昭和36年
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 同じモニ1     富士見台~石神井公園     台車がいつの間にかブリルになっています
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 2代目クモニ1     武蔵藤沢~稲荷山公園  昭和40年
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クモニ1      萩山駅にて    昭和41年
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 クモニ1   国鉄型標準部品に置き換られています   昭和43年  (H氏撮影)
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 同上クモニ1     小手指検車区   昭和43年
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 クモニ2       秋津~所沢    昭和42年
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  クモニ4       小手指検車区   昭和43年
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クモニ4+クモニ1       
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 小川に停車中のクモニ2   昭和43年(再掲)
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  小川を萩山方向へ発車して行くクモニ2   昭和43年
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 車暦をまとめておきます。

初代モニ1  国鉄モニ3412(モハ10改造木造車)→西武モニ1(昭和35年)→廃車(昭和38年)
二代目クモニ1 武蔵野鉄道5855→1231→1232→一畑デハ11(昭和32年)→西武162(昭和36年)
          →クモニ1(昭和38年)→廃車(昭和48年)

 クモニ2   国鉄クモハ14100→西武モハ352(昭和35年)→クモニ2(昭和39年)→廃車(昭和52年)
 クモニ3・4  西武クモハ335・338→クモニ3・4(昭和42年)→廃車(昭和52年)


             (ブログ内掲載の写真・記事等の転載はお断りします。)       

# by tetudankai5501 | 2012-02-18 01:56 | 西武鉄道 | Comments(12)
2012年 02月 13日

最後の赤電西武801形

 

  701系から101系に繋ぐ赤電最終形
                           
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                                    (各写真はクリックで原寸になります)


 今回は、少し順番が違いますが最後の赤電として有終の美を飾った801形を取り上げました。
早いもので、801系も登場からもう44年が経過しました。今は流鉄と上信電鉄に各1編成現存
するだけとなってしまいましたが、何とか長生して貰いたいと思います。
701系が大量生産され、昭和42年に番号が796までと48編成の大世帯となりましたが、このまま
増備すれば800代に突入と言うことで、気を揉みましたが寸前で製造終了となり事なきを得ました。
 新形式801形は、701形の改良版で、赤電としてはほぼ完成の域に達したと思いました。

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編成基本構成は701形に準じましたが、車体は半年前に製作された423以降同様にセミ張上屋根
タイプに変更され、外見上とても洗練された姿となり、最後の赤電に相応しい車両と言えましょう。
床下機器配置は701系と同様、奇数電動車に補機類、偶数電動車に制御機器が搭載されていまし
たが、MGを初の交流式12KVAと増強、室内灯の40W化が計られ明るい車内となります。
701形との最大の相違点は、制御車の台車に初の新造エアサス式FS067を採用、西武初の完全な
新車となった記念すべき形式であります。この新台車はインダイレクトマウント方式で、ボルスタ
アンカーは台車に付いていましたので、在来車の台車交換にも容易に対応出来るよう設計された
ものと思いましたが、実際に本台車形式を踏襲したのは、吊り掛け車のDT10を置き換える目的で
作られたFS40に留まり、後のクハ1701形のTR-11A交換に当たっては、101系に採用されたダイレクト
マウント方式のFS072となりました。よって1801形のFS067台車は801系10両分のみが生産された事
となります。モハの台車は従来からのFS342をそのまま用いています。どうしてFS367を作って統一
しなかったのかが不思議です。ラッシュ時にはクハとモハで大きな段差が生じておりました。もっとも
西武では以前から、501系等でエアサス車と板ばね車と日常的に連結していたので、問題なかった
ようですが、見た目にはとても気になる光景でした。


   809F 小手指検車区   昭和43年
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   801F新製当初    武蔵藤沢~稲荷山公園    昭和42年11月
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   同じく801F  武蔵藤沢~稲荷山公園   昭和42年11月
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1802 この滑らかな側面が綺麗でした。    所沢にて     昭和42年12月
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   801F     所沢にて     昭和42年12月
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   805F+351系   ひばりヶ丘~東久留米 昭和43年
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   大泉学園に進入する801F  クハ1802他 バラが綺麗な駅でした。   昭和42年
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    池袋を出発する1802他6連   昭和42年
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    801F   保谷付近   昭和42年
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 801形の登場は昭和42年で、翌年には西武秩父線開通を控え、新系列車に移行することから、僅か
5編成のみの少数が製造されるに留まります。701系をもっと早く801系に移行しておけば良かったの
にと外野の私などは思ってしまいました。
 尚西武車には、旧国電同様に室内ドア部にスタンションポールがずっと存在しましたが、701系
最終ロットから撤廃されており、当形式には最初から付いておりません。

製造当初は池袋線で使用されますが、101系が登場してからは新宿線系統で主に使われました。
いわゆる冷改・HSC制動化は昭和53年から58年に亙って行われましたが、この時他の冷改車同様
黄色一色に塗装変更されて赤電に別れを告げました。冷改後は車体外観が101系と類似なことから
一見見違える事がありました。冷改直後は池袋線に再配置されますが、後に701系類冷改車の新宿線
集結により配転が行われています。

  クハ1809   小手指検車区    昭和43年
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  同第二エンド     小手指検車区     昭和43年
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  モハ809       小手指検車区     昭和43年
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  モハ810       小手指検車区     昭和43年
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  クハ1810第二エンド   小手指検車区    昭和43年
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  810+1810         小手指検車区    昭和43年
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  クハ用台車FS067 西武初の新製エアサス台車です 
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車内風景クハ1801   昭和42年  大泉学園~石神井公園
昼下がりの池袋行き。乗客の姿に昭和を感じます。
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801系の赤電カラー写真がありませんので、雰囲気で159Fです。 H13年10月
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編成表
1801+801+802+1802(S42新製)S53冷改・HSC化→上信クモハ154+クモハ153 (H6年)
1803+803+804+1804(S42新製)S53冷改・HSC化→流鉄クモハ2001+クモハ2002(H6年)
1805+805+806+1806(S43新製)S58冷改・HSC化
1807+807+808+1808(S43新製)S58冷改・HSC化
1809+809+810+1810(S43新製)S58冷改・HSC化→流鉄クハ22+モハ2102+クモハ2004(H9年)


譲渡表
801→上信クモハ154
802→上信クモハ153
803→流鉄クモハ2001
804→流鉄クモハ2002
809→流鉄クモハ2004
810→流鉄 モハ2102

1801→上信クモハ154(運転台のみ移設)
1802→上信クモハ153(運転台のみ移設)
1803→流鉄クモハ2001(運転台のみ移設)
1804→流鉄クモハ2002(運転台のみ移設)
1809→流鉄クモハ2004(運転台のみ移設)
1810→流鉄  クハ22

            (ブログ内掲載の写真・記事等の転載はお断りします。)





 

# by tetudankai5501 | 2012-02-13 21:34 | 西武鉄道 | Comments(6)
2012年 02月 13日

Adele

Adele

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 今日の第54回目のグラミー賞、Adeleの一人勝でしたね。この人の曲は
英国風R&Bなのですが、とても好きです。
Rolling In The Deep,One And Only,Someone Like You・・・
若いのに抜群の歌唱力。ハスキーなボイスも素敵です。
特にOne And Only は泣かせてくれます。久し振りの本格派歌手だと思います。

それから、Whitney Houston の突然の訃報。びっくりしました。デビューした頃
を想い出します。昔デビュー版のLP買いました。ご冥福をお祈りします。

 団塊世代の自分は、小さい頃から洋楽が好きで特にMotown Soundが好みで
した。多分当時のFEN放送の影響だと思いますが、未だにSoul Musicが大好き
なのです。 

# by tetudankai5501 | 2012-02-13 20:01 | 音楽・オーディオ | Comments(0)