団塊鉄ちゃん気紛れ撮影記

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2012年 02月 01日

初代西武501形

 初代501型は、戦後初めての新車として昭和29年に登場しました。編成はMc+T+T+Mcの4両固定
でモハは17m車、サハは20mという変則固定編成でした。
 正面は当時大流行の湘南形2枚窓、側窓は桟の細いアルミサッシュ、室内は蛍光灯(直流20W)
照明、ファンデリアの採用など、初物づくしでした。
 しかし、鋼体構造は在来車と同様の、半鋼製であり床は板張りで、他大手私鉄で採用され始めていた軽量
化は考慮されていません。モハ501~510は屋根が木製キャンバス張り、511~520は鋼製となり、雨樋
も細くなります。これはサハ1501型についても同様です。
足回りは在来車と同一の吊り掛け式駆動で、台車は軸バネ式DT12系を履きますが、一部DT11を履いた
車両もありました。主電動機は128Kw付きで登場、昭和32年以降新501系が登場すると、台車共々
そちらに譲り、最終的に全車DT10台車、100Kw主電動機に格下げされてしまいます。
形式は最初が501形で車番501~520。昭和33年に20m車の新501系501~520(2代目)登場に伴い、
車番411~430に改番となります。更に昭和39年新411形の登場により、351~370に再度改番されます。
 サハは形式1501型番号1501~1520で、昭和33年上記新501形501~520(2代目)が登場すると、
20m車体が幸いして、そちらと編成を組むこととなり、番号は最後まで変わりませんでした。
サハを取られた411形は411~420,425,426がサハ1411と、421~424,427~430がクハ1411と組むことになります。
 昭和40年以降更新修繕を実施、サッシュ取替え、雨樋取替え、ベンチレーターのグローブ化等が行われました。
又CPとMGのサハ移設も同時に行われています。
これはその時の連結相手である、1411型についても同時に実施されています。

 351系が多摩湖線を去ってからもう20年以上経過しました。晩年は西武遊園地行き準急で走った
事も有りましたね。正に「西武遊園地近道」でした。
これが西武最後の吊り掛け電車となった訳ですが、今でも吊り掛け全盛期の頃のMT15の唸り、DT10の板バネの振動
、AK3の音と鼓動が昨日のことの様に思い出されます。

 写真は更新後の351系353F     小手指  昭和43年
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 写真は更新後の351系クモハ354  小手指  昭和43年
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 こちらは、更新前の425+1425+1426+426  保谷の大カーブにさし掛かるところです。
この編成のサハ1425が後に大井川で客車になるとは思いませんでした。
               ひばりヶ丘~保谷     昭和37年
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更新前の357F 花小金井~小平  昭和39年
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更新後の365F+362F6連   飯能~元加治   昭和44年
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旧塗装時代の411F  所沢駅    昭和37年
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こちらも更新前の413Fですが、後部は401Fの変則編成です。 下落合駅   昭和37年
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変則編成、こちらの方が判り易いですね。モハ413+サハ1413+モハ401+クハ1402  
        所沢駅   昭和37年
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そして付随車サハ1414.更新後の姿です。  小手指区  昭和43年
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 廃車と譲渡先を記述しておきます。 数字が多いので間違いがあったらご容赦下さい。
 モハ351~370                                    
351+(1311)+352  多摩湖線 H2年6月廃車
353+(1314)+354     ”
355+(1336)+356     ”(355は505として横瀬で保存)
357→上毛デハ236
358→上毛デハ231
359→上毛デハ232
360→上毛デハ233
361→大井川モハ313
362→大井川クハ513
363→廃車(S54年3月)
364→上毛デハ237
365→大井川クハ512
366→大井川モハ312
367→上毛デハ234
368→上毛デハ238
369→廃車(S55年2月)
370→上毛デハ235

クハ・サハ1411~1430
1423→上毛クハ37
1425→大井川ナロ802
1427→上毛クハ38
1428→上毛クハ34
1429→上毛クハ35
(1438)→上毛クハ32
(1439)→上毛クハ31
(1447)→上毛クハ33
(1448)→上毛クハ36
( )内は、本来351系とは組成していない。
記入なき車番は、譲渡無く廃車です。

            (ブログ内掲載の写真・記事等の転載はお断りします。)

# by tetudankai5501 | 2012-02-01 01:10 | 西武鉄道 | Comments(2)
2012年 01月 30日

2M4T



 質より量の時代を象徴する西武電車を代表する編成が、この2M4Tの501系6両半固定
編成車でした.
 昭和37年4月、551系最後の新造車561Fが登場しましたが、この頃旧国鉄標準部品が枯渇
し、ようやく重い腰を上げて次はカルダン車を採用しなければならない環境になってしまった
のです。そうして誕生するのが初の新性能車601系なのですが、新造準備に半年以上掛かり
その登場は、昭和37年12月年末の事でした。当時の西武沿線の人口は団地造成など盛ん
で急激に増えつつありました。半年間も車両増備を怠る訳には参りません。
 そこで目を付けたのが、当時西武一”大出力”(MT30 128Kw)と言われた主電動機を装備
した501系でした。501系4連(Mc+T+T+Mc)の中間に電装品の不要なサハを挿入し、安直
な車両増備を考えたのです。そうして生まれたのが、551系のサハ1562の続番1563~1572の
10両でした。この新造サハは殆ど床下機器は無く、唯一中古の1.5KwMGを各車搭載しただけ
でCPも在りませんでした。そうして出来上がったのが、Mc+T+T+T+T+Mcの2M4T501
系でした。サハは10両新造ですから2両づつ組み込んで、この編成が5本出来上がりました。
 当時標準のMT15の3M3Tの場合、(100Kw×4×3)/6=200Kw/1両
 2M4Tの場合MT30ですから(128Kw×4×2)/6=170Kw/1両(車体重量は同じと仮定)
で3M3Tの85%出力となりますが、何とか温度上昇試験等パスしたのでしょう。実際に走りだ
しました。が走りは計算どおりいかないもの、加速は悪く走りはギクシャクまるでP・P運転の  
列車のような走行状態で、さすがに当時のスジでも乗せるのは苦労していた様子でした。
ただこの編成だけが当時弱め界磁を使用し、高速域で速度挽回を図ろうとしましたが、駅間距離
が短い区間では、弱め界磁段に入る前にもう場内信号で減速するような状況でした。
 もう一つ扱いに手間だったのは、モーター負荷を平均化するために、定期的に2両のサハを
501系の中でたらい回しに組み替えていたことです。




 写真はモハ527+サハ1527+サハ1567+サハ1568+サハ1528+モハ528の2M4T編成
  高麗駅ハイキング急行の昼間待機  S37年 (各写真はクリックで原寸になります)
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 こちらは、各停運用に付く527F 池袋行き  秋津~所沢  昭和42年

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珍しく新宿線を走行する2M4T 東村山~所沢    昭和41年

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 サハ1528+サハ1568 連結部 

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しかし、さすがに上記のような状態で恒久的に使う訳にもいかず、後に半数を電装してモハ571形
として同型の551系に組み込まれ、昭和42年に2M4T編成は解消しました。
 しかし、551組み込みの際最後の579+1579のモハの電装品が間に合わず、両側クモハ559と
560をMT30に置き換え再び2M4Tが出現してしまいました。579が電装されたのが昭和44年です
から、西武には都合7年間も2M4Tが居たこととなります。

 電装化後551系に組み込まれたモハ575   小手指区  昭和44年

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 モハ575の相棒サハ1575     小手指区   昭和44年

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            (ブログ内掲載の写真・記事等の転載はお断りします。)


# by tetudankai5501 | 2012-01-30 21:26 | 西武鉄道 | Comments(4)
2012年 01月 28日

正常進化?

 西武所沢工場による自社車両の他社向け改造車、他社車両の他社向け改造車
は数多くあります。他社の廃車体を購入し他社に納入した後者の例の主たるものは、
京急デハ400→弘南モハ108、流山モハ1101、伊予鉄モハ121系
小田急クハ1650→関東鉄道キサハ65,67、三岐モハ125、クハ215,216
南海キハ55→関東鉄道キハ755
国鉄キハ04→関東鉄道キハ411,412
国鉄キハ07→関東鉄道601,602,612,613,614
等など数多く有ります。
 一方、他社向け純新造車はそれほど多くは有りませんでした。
上信電鉄デハ200増備車204,205、クハ303,304(昭和44年)
上毛電鉄デハ181(昭和38)
三岐モハ150,151(昭和46、48年)
系列の伊豆箱根には下記の12両です。
伊豆箱根1000系(一期)モハ1001~1004、サハ2001、クハ2002(昭和38~39年)
伊豆箱根1000系(二期)モハ1005~1008、クハ2003、2004(昭和43~46年)
上記の様に意外と少ないのです。但し鋼体化名義による新車や機関車、貨車等
は除きます。)
 新造車の内、カルダン車は上信デハ200系のみで、正面は在来200系(東洋電機)
同様貫通式でしたが、側面は同時期に製造された西武423以降と全く同じでした。
 伊豆箱根1000系は、製造時期が西武601系から801系とラップしているので
西武車の変化の影響を強く受けているのが面白い処です。第二期車は後に
西武701系廃車余剰部品でカルダン化しますが、最後まで非冷房のままでした。

第一、第二編成は西武601系と時期が合致しますので、正面形状の違いは
ヘッドライトの位置がおでこから降りて、へそ二丁ライトとなった位です。がそれだけ
で雰囲気は大幅に違いますね。おでこがとても寂しいのです。
第三、第四編成は西武701系の影響を強く受け、方向幕と標識灯が上に上がり
くの字断面、塗装変更と相俟って洗練された姿になりました。
車内は第三編成以外セミクロスシートですが、何故か第二編成のみ床が板張り
でした。
 余談ですが、所沢中線で最初に1000系の新製車を見た時は、西武と全く同じ
赤電塗装なので西武車と勘違いし、何故にクロスシ-トなのかと驚きました。
てっきり、休日急行用で、平日は日中だけ急行運用に入るのかと勘違いしました
が、落ち着いてみると伊豆箱根の社紋が付いていたので納得した覚えが有ります。

 写真は伊豆箱根1000系第一期車モハ1001「昭和38年製」 昭和44年 大場工
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 写真は西武601系1614「昭和37年製」  昭和43年  上石神井
お面はヘッドライトの位置が違うだけなのですが・・・・。
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 601系に続く701系「昭和38年製」    昭和43年    拝島
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こちらは伊豆箱根1000系第二期車クハ2003「昭和43年製」  昭和44年  大場工
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こちらは西武801系1809「昭和43年製」  昭和43年  小手指区
何やら1000系の方が、観光地の電車らしく変身しました。
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上が伊豆箱根1000系の運転台。下は当時の西武の標準運転台。圧力計1ヶです。
伊豆箱根は吊り掛け車なのにメーター沢山でした。恐らく乗り入れて来る
国鉄車に合わせていたのでしょう。
ATSの付く前の西武の大部分の吊り掛け車には、速度計は有りませんでしたね。
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            (ブログ内掲載の写真・記事等の転載はお断りします。)

# by tetudankai5501 | 2012-01-28 18:30 | 西武鉄道 | Comments(4)
2012年 01月 27日

武蔵野冬景色


 今冬は特に寒い日が多いようですね。先日は東京近辺でも少し積雪が有ったようです。
大分昔ですが、昭和42~44年は特に降雪日が多く、関東でも良く積もりました。
 雪景色の中を行く電車の姿が好きで、雪が積もると物好きにもカメラを持っていそいそと
出掛けました。この時は所沢近辺でも30Cm位の積雪となり、ひざ辺りまである雪の中で
ひたすら赤い電車を待ち、雪だるまになりながら撮りました。
 関東の雪は、これから2月、3月の南岸低気圧通過時に良く降りますね。

掲載写真は、昭和42年2月11日から12日にかけて撮ったものです。(再掲載多くすみません)


 こちらは、513F2M4T(下り西所沢行き)425F(上り池袋行き)  秋津~所沢
                                 (各写真は、クリックで原寸となります)
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 これは、505F準急飯能行き。こんな大雪でも準急など優等列車も運転していました。
  秋津~所沢
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 左狭山湖行き急行、右池袋行き準急。共に番号不詳    秋津~所沢
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 池袋行き711F各停   秋津~所沢
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こちらは新設された小手指検車区横を行く上り列車。609F他 
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 小手指信号所まで上がってきた、西所沢止まり列車です。
 当時の運転士さん、皆マイ座布団持ってましたね。運転席が丸椅子で貧弱でした。 
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 E52の牽く貨物列車。 小手指(信)~狭山ヶ丘  
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 上同列車 木造緩急車ワフ11 哀愁漂う後姿懐かしいです。
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            (ブログ内掲載の写真・記事等の転載はお断りします。)

# by tetudankai5501 | 2012-01-27 01:20 | 西武鉄道 | Comments(2)