団塊鉄ちゃん気紛れ撮影記

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2012年 02月 11日

西武初の新性能車601形




営業運転初日の601F1602       保谷駅     昭和37年12月
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 今回は、551形に続いて昭和37年末に登場した601形の思い出です。当時の西武電車の
付番はモハが3桁、付随車は単純に相方に1000を加えたものが基本となります。
例えばこの601形ですと、Tc+M’+M+Tcなので、(奇数・飯能)1601+601+602+1602
(偶数・池袋)なのですが、2連ですと例えば401+1402と奇数、偶数が背中合わせの組み
合わせとなります。西武ではこの601形から中間電動車が出現するのですが、昭和39年度
からMcはクモハ、Mはモハと国鉄式に分類する事と成ります。
 さて601形は先の551形の処で前述したように、車体は551形をそのまま踏襲し、足回りを
一新した形式で、次の701形への橋渡し的な存在となりました。西武初のカルダン駆動を採用
、制御装置は電動カム軸多段式MMCHT-20A、DT21(FS342)台車、MT54-120Kw主電動
機の採用、M+M’方式4両一編成一制御装置、パンタは編成に一基と従来の走り装置を
一新したものとなります。但し在来車との併結を前提としたため、制動装置は従来どおり
空制のみのAMAE方式でした。更に残念なのは、Tc台車が従来どおり釣り合い梁式TR11A
、CPも実績重視?の見地からAK-3のままと、非常に中途半端な新性能車となったことでした。
ただMT54主電動機は国鉄165系より若干早い採用となります。
 性能面では、当時最新の強力な主電動機を得た訳ですが、在来車との混結運転の必要性
から、主幹制御器は従来どおりの3ノッチ式で、弱め界磁は4ノッチでは無くて”押しスイッチ”
方式と言う珍しい?ものでした。勿論当時のダイヤは吊り掛車の性能で引かれていましたので
4連単独運転等では3ノッチまででも充分でしたが、例の非力な2M4T等と連結された際には
弱め界磁を活かして頑張っておりました。
 一時期、上記2M4Tのサハ2両を601系に挟んでTc+T+M’+M+T+Tcとすることも考え
られていた様ですが、さすがにこの計画は実現しなかったのは幸いでした。

 ともあれ、西武最初の”非吊り掛け車”と言う事で西武線も他社に遅れること約8年でようやく
カルダン駆動車が走り始めました。本形式からやっと足回り機器探しという束縛から解放され
新車増備の制約が無くなったのか、製造ピッチも上がり701系増備時代は、月産4両(一編成)
と急速にカルダン駆動車の増備が行われました。ただTcの台車は701系も合せると220基の
TR-11Aをどう調達したのかが不思議です。




                       (各写真はクリックで原寸となります)
 新製後初の営業運転から保谷入庫の601F    保谷   昭和37年12月
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全検出場で美しい613F   上石神井区   昭和43年
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 601形は601F~614Fまで7本と比較的少数が製造され、次は足回りは同様で車体を新設計
された701系に引き継ぎ、大量増備が行われる事となります。
 後年601形は、701形冷改時にモハMMユニットのみ701系中間に組み込まれてしまい形式
消滅しますが、そのとき余剰となったクハの約半数が車令19年余りで廃車と成ってしまいました。
ともあれ、601形は西武最初の新性能車として記念すべき車両だったと思います。

  所沢駅にて 601F   昭和38年
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  607F   ひばりヶ丘~東久留米  昭和43年
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  613F   東久留米~清瀬  昭和38年
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  609F    小手指信号所  昭和43年
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  609F    小手指区     昭和43年
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  クハ1609    小手指区   昭和43年
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  モハ614      上石神井区    昭和43年
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 モハ613      上石神井区    昭和43年
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   608+1608     小手指(信)    昭和42年
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狭山ヶ丘にて        昭和42年
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小手指(信)~狭山ヶ丘 昭和42年 この日はダイヤが乱れていて小手指(信) 
  仕立ての下り列車で前サボが有りませんでした。
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  小手指信号所にて609F  昭和43年
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  初の新製台車FS342(モハ)対旧態依然のTR-11A(クハ)
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こちらは、所沢駅東側に在った建屋です。チに新着のFS342が積まれて居ます。    昭和38年
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所沢4番ホーム北端より、秋津方を見たところです。まだ電機格納庫は有りません。  昭和38年
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 編成表                           
1601+601+602+1602(S37年)
1603+603+604+1604(S38年)
1605+605+606+1616(S38年)
1607+607+608+1608(S38年)
1609+609+610+1610(S38年)
1611+611+612+1612(S38年)
1613+613+614+1614(S38年)

 改番と譲渡
601+602→701-1+701-2(S51年)  701系冷改編成に組込み6連化
603+604→701-3+701-4(S51年)  701系冷改編成に組込み6連化
605+606→701-5+701-6(S52年)  701系冷改編成に組込み6連化
607+608→701-7+701-8(S56年)  701系冷改編成に組込み6連化
609+610→701-9+701-10(S56年)  701系冷改編成に組込み6連化
611+612→701-11+701-12(S56年)  701系冷改編成に組込み6連化
613+614→701-13+701-14(S57年)  701系冷改編成に組込み6連化

1601→1657→廃車
1602→1658→流山クハ81
1603→1659→流山クハ71
1604→1660→廃車
1605→1661→一畑クハ191
1606→1662→上信クハ105
1607→(廃車S56年)
1608→(廃車S56年)
1609→(廃車S56年)
1610→(廃車S56年)
1611→(廃車S56年)
1612→(廃車S56年)
1613→(廃車S57年)
1614→(廃車S57年)

             車両の所属標記(参考)
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            (ブログ内掲載の写真・記事等の転載はお断りします。)

# by tetudankai5501 | 2012-02-11 23:08 | 西武鉄道 | Comments(15)
2012年 02月 10日

西武551形


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 551形は昭和36年度から製造された、4連基本編成としては吊り掛け駆動の最後の形式となります。
車体形状は前作の451形と前々作の501形をミックスした型で、前面2枚窓復活です。
 湘南形の発展型とでも言いましょうか、中桟を細くした斬新な形状でその後の西武車両の基本形と
なり801系・101系までと、その類形としてN101や3000系まで続くいわゆる西武顔の初代車と成ります。
 側面窓・扉配置は451形と同様の2窓1ユニットで3扉を踏襲、車内見付けもほぼ451形と同様ですが、
車端部の吊り革・網棚支持パイプの削減、ファンデリアの増設(2基→4基モハは一箇所毎、サハは車
端部から一箇所毎に配置、側扉に初のアルミハニカムドアの採用(但し車内側は塗装仕上)、貫通路
の再広幅化等が変更されました。外観は正面は前述の様に変形湘南形、通風器は国電型グローブ
ベンチレーター、車番標記の金属板切抜き貼り、当初から標識灯の埋め込み化等在来車に較べレベル
アップされておりました。
 しかし、足回りや制御装置等の装備機器は在来車同様の、DT10台車・MT15主電動機(100Kw)・
CS-5制御装置・AK3CPで相変わらずの戦前型省線電車の走りでした。唯一の変化はMGが3Kw
に容量増と成った位です。
 551形の特徴としては、電機連結器の初採用が挙げられます。これは編成の長大化に備え電磁弛め
弁と共に採用された当形式からの新装備で、途中駅での連結、解放の簡便化に貢献しました。これ等
の装備は、後に在来車全体に及ぶこととなります。
 面白いのは、電連が編成中間部にも使われていた事ですが、後に一般型のジャンパ栓に変更され
ています。
 昭和36年末から始まった朝の急行8連化に際し、所沢での4両増結運用に本形式が優先的に使用
されますが、その為、新宿線配属車も池袋線に集約されました。
編成は当初4両固定のMc+T+T+Mcでしたが、昭和43年に501系の2M4T編成解消による中間サハ
2両5組を当形式に挟み、5本が6両編成となります。組み込みサハは一方を電装化してモハ571・サハ
1571形を名乗ります。元々増結車はサハ1551型の増備車であった為、全く違和感は有りませんでした。
 更に昭和53年この571ユニット2両は551系編成から外され独立してMc+Tc化されます。但し番号
はモハは奇数車のみで、クハはモハが奇数車のみだったので当時の西武の番付流儀の通り全車偶
数車となります。
赤電グループでは、多摩湖線の351形を除くと最後まで残り、昭和60年代当初まで使用されました。
尚台車は、当初411系で使用されていたFS40が同車のFS372化で余剰となった為、本形式が貰い
受け吊り掛けながらエアサス化された車も出現しました。571系は最終的に全てFS40に履き替えて
います。
 尚中途で室内蛍光灯の40W化が計られましたが、全車に及んだかは定かではありません。



 完成直後は上石神井配置で新宿線で使われました。上石神井区   昭和36年
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 赤電吊り掛車4両固定としての最終編成561F試運転  秋津  昭和37年
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 上同試運転車保谷帰還、 レジンシューを最初に試用した編成でした。 保谷  昭和37
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 561F他8連準急池袋行き  秋津~所沢  昭和44年
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 国分寺線区間運用に就く559F   東村山  昭和43年
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 朝の各停ひばりヶ丘行き559F    保谷~ひばりヶ丘  昭和S37年
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練馬駅にて   昭和36年
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 吾野~飯能区間運用に就く553F   東飯能駅  昭和37年
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同上   モハ554      東飯能   昭和37年
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電連付を買われて、朝の所沢増・解結の急行に積極的に充当されました。東長崎~江古田 昭和37年
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 575+1575を組み込んだ6両固定編成化後の555F   小手指区  昭和44年
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 クモハ553       小手指区    昭和44
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 サハ1554       小手指区    昭和44年
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 中間電動車モハ575   小手指区    昭和44年
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 サハ1575        小手指区    昭和44年
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 初採用電気連結器   551F    上石神井区   昭和36年
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 切り抜き車番標記
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 451系と
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 所工出場後暫く保谷庫でED14-3と供にに留置中の551+1551。
 前面ガラスは入荷待ちの状態でした。  保谷庫     昭和36年
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編成表(記載内容・数値に誤りがあれば、ご容赦下さい)
551+1551+1552+552(S36年)   
553+1553+1554+554(S36年)
555+1555+1556+556(S36年)
557+1557+1558+558(S36年)
559+1559+1560+560(S37年)
561+1561+1562+562(S37年)
1563+1564(S37年)→571+1571(S43年551編成組込)→(S53年Mc+Tc化571+1572)
1565+1566(S37年)→573+1573(S43年553編成組込)→(S53年Mc+Tc化573+1574)
1567+1568(S37年)→575+1575(S43年555編成組込)→(S53年Mc+Tc化575+1576)
1569+1570(S37年)→1577+577(S43年557編成組込)→(S53年Tc+Mc化1578+577)
1571+1572(S37年)→1579+579(S43年559編成組込)→(S53年Tc+Mc化1580+579)

晩年2連化時の編成( )内は元601系クハ1601形
556+(1657)
557+(1660)
558+(1659)

譲渡表

551(運転台のみ)→一畑デハ93
552→一畑デハ93(両運) S61年
553(運転台のみ)→一畑デハ92
554→一畑デハ92(両運) S61年
558+(1659)→流山モハ1301+クハ71 S62年
560+(1661)→一畑デハ91+クハ191 S60年
561+(1658)→流山モハ1210+クハ81  S59年

575+1576→三岐クモハ607+クハ1608 S63年

 記載なき車番は、譲渡無く廃車です。

            (ブログ内掲載の写真・記事等の転載はお断りします。)

# by tetudankai5501 | 2012-02-10 01:39 | 西武鉄道 | Comments(6)
2012年 02月 08日

西武の電機と貨物列車


                                      (各写真はクリックで原寸となります)
E851新製時  昭和44年9月 三菱
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 貨物輸送が盛んだった頃の西武には、多種多様な機関車があり、古典機はまるで動態
保存然としていました。私が実際に目にしたのは、E11,21,41,51,61,71そしてE851でした。
E31(3代目?)を見たのは159Fが赤電展示した時ですので、2001年になってからでした。
その頃は既に古典機は全て廃車となり、横瀬に集結保存車になっていました。
国鉄形式ED10→E71、ED11→E61、ED12→E51それに一時期近江に行ったED14-3も
在籍しました。どの輸入機も希少価値のあるものばかりです。大きな庇のGE製E71,田窓
と繊細な台車、そして図太いホイッスルが印象的だったE61、何よりも個性的だったB・B・C製
E51は大きな車輪、屋根上のエアータンク、長いひさし、数多くの側面窓、大きな正面窓等どこを
見ても欧州機の雰囲気を醸し出していました。正面運転席側前面の窓は後に開けられたそう
ですが、まるで初めから其処にあったように違和感無く増設されていました。
 E851は勿論民鉄最初で最後のF級電機ということで、デビューした時はそのスタイル、塗色
、側面の丸窓といい国鉄型を完全に抜いた欧州スタイルで、E51の後継車に相応しいもので
した。このスタイルは後に知ったのですが、かの黒岩保美様のデザインだったそうです。
 E851の西武入線を最初に見たのは、池袋の国鉄連絡線の処に、甲種輸送後1台到着して
いたときでした。
三菱・三原から遙々やって来た訳です。国鉄牽引機は見当たりませんでした。暫くするとE41だ
ったと思いますが、通常の貨物列車と一緒に組成し、機関車次位に連結され小手指まで送られ
て行きました。カメラを持って無かったのが何とも残念でした。
 秩父線で運行開始した当初は、繋がる貨車達も全部新車です。ワフ101、タキ1900、テキ401
の堂々14両編成見事でした。
  E851の最後は、ファンも驚嘆の客車牽引、よもやの12系6連でした。駆けつけることが出来
なかったのが未だに残念至極ではあります。
 しかし、静態保存とは言えこれ等の機関車の殆どが保存されて居るのは、何とも嬉しいことです。
以下各形式毎に写真を掲げてみます。写真の(H氏)は友人H氏の撮影です。


小手指で検収中のE52・E21・E71 昭和41年
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E11 E11~E13 武蔵野鉄道がW・Hから大正11年 輸入。出力300Kw。
 E11→越後交通(昭和44年)
 E12→廃車(昭和48年・保谷に保存)
 E13→弘南鉄道(昭和36年)
  写真はE11   小手指区 昭和41年(H氏)
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  廃車留置中のE12・11  小手指  昭和44年
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 E21・E22 武蔵野鉄道 昭和2年  川崎造船。出力568Kw。
 池袋線の砕石輸送貨物に用いられる事が多かった。E21昭和48年、E22昭和53年廃車
 E21   小手指区  昭和41年
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 E22   小手指区   昭和40年(H氏)
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 E41 E41・42・43・44 
 昭和2年青梅鉄道輸入機。 E・E製。西武には昭和24年から25年に譲り受け、E41・42に。
E43・44は昭和35年に譲り受け。4両それぞれ細部で異なる。昭和51年から62年廃車で、E43は
保存。E44はJR貨物に引き取られる。出力460Kw
  E44    小手指区  昭和41年
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  E41    小手指区  昭和41年
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  E41    武蔵横手~東吾野    昭和44年
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   E41が牽く池袋行き列車。ワフが鋼製車に更新されています。
           ひばりヶ丘~東久留米   昭和43年
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 E51 E51・E52
 大正12年スイスB・B・C社製の国鉄輸入機。西武には昭和25年入線。個々に車体側面形状が
異なる。当初新宿線系で使用。後に全線で運用する。出力875Kw。
  E51   小手指区  昭和41年
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  E52   横瀬  平成13年
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  E51   秋津~所沢   昭和42年
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  E52   武蔵横手~東吾野     昭和44年
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 E61  E61 
元国鉄ED11 大正12年G・E製。西武には昭和37年入線。ほぼ全線で使用する。昭和59年
廃車。出力975Kw。横瀬にて保存
  E61   小手指区  昭和41年
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   保谷に留置中のED111   昭和36年
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 E71  E71
 元国鉄ED10の2 大正12年W・H社製。西武入線はE61と同じく昭和37年。ほぼ全線で使用。
昭和61年廃車。こちらも横瀬にて保存。出力820Kw.
   E71   新所沢~入曽    昭和42年
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   E71   秋津~所沢   昭和41年 
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E851  E851~E854   昭和44年 三菱製。 
秩父線セメント輸送列車牽引用として製作。出力425Kw×6=2550Kwは民鉄最大。重連可能。
新秋津連絡線設置以前は、池袋・国分寺でセメント列車授受。緩急車は西武車が国鉄直通。
1996年セメント輸送廃止と共に使用休止。同年5月にJRから12系客車6両を借り入れ、最初で
最後の旅客列車牽引を花道に廃車。E854は横瀬保存。他は解体
  E851   高麗    昭和44年
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   E853   武蔵横手~東吾野   昭和44年
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セメント製造燃料用の各種タンカー(タキ1500・4500・9800)などとスム201、テキ401等の
混成列車でした。      武蔵横手~東吾野   昭和44年12月
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   E851   武蔵横手~東吾野   昭和44年
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   E851の牽くタキ10連セメント列車    東吾野~吾野  昭和44年
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   出発待ちのセメント貨車返送列車  E851・ワフ101・タキ1900全部新車でした。
      狭山ヶ丘   昭和44年
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   E31  E31~E34
1986年 西武所沢工製。出力130Kw×4=520Kwと小出力。老朽輸入機の代替え機だが
小出力故重連が基本。貨物廃止後は工事列車牽引や甲種輸送等に使用されたが、2010年に
全車引退。E31は横瀬保存。他は大井川鉄道譲渡。現在未使用。
   E31   横瀬   平成13年
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 小手指庫にてE22とE71  手前は試運転前の101系第一編成  昭和43年12月
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            (ブログ内掲載の写真・記事等の転載はお断りします。)

 
資料添付  元山形交通ハフ1と2   昭和43年11月  小手指区
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# by tetudankai5501 | 2012-02-08 21:15 | 西武鉄道 | Comments(6)
2012年 02月 05日

西武451形


 今回は西武赤電の中でも終始地味な存在であった、451系について辿ってみました。
 451系は501系二代目の後を継ぎ、昭和34年秋に登場した西武最初の両開き扉を採用し国鉄
101系を模した車体で、湘南形の在来車に比べ多分に工作の簡素化を意識した設計でした。
当時国鉄で試作された貨物気動車キワ90が当車に形状、塗色共に類似していました。
足回りも501系のMT30系128KwからMT15系100Kwにダウン、台車も当初DT10平軸受と取り
合えず走れば良しと言う性能で乗り心地も悪く、走行性能に見るべきものは有りませんでした。
最初はモハだけの新造で相方はクハ1411型、1461代(正面広窓)と1451代(正面狭窓)とちぐは
ぐな編成で、モハは相手方クハよって461代と451代に番号分けをしていました。
当初20両は新宿線に集中投入、池袋線には同型サハと4両固定編成とした471~474が翌年から
配置されました。3本目からは赤電新塗装で出場しますが、何故か番号が飛んで481番代となります。
481番代は481~488まで計6本の4両固定編成車が登場しました。
その後はサハ1489~1492の付随車のみが製造されます。これは当初371型と組みますが、程なく
CS5化された社型301型と組み直し、池袋線で暫く新旧混成珍編成で活躍しておりました。
サハに引き続き今度はクハのみ6両(1451~1456)を製作しますが、これらは551系の影響を受け
451系唯一のグロベン車で登場しました。451系は全部で54両が製作されたことになります。
 

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 この編成は、最初に登場(S34)のグループの452+最後増備(S37)グループの1451。
        上石神井   昭和43年      (各写真はクリックで原寸となります)
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  初代481F 482+1482+1481+481 未だ露出式標識灯。  井荻  昭和38年
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  池袋線に配置されていた1487+452と701系6連。   ひばりヶ丘~東久留米  昭和43年
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  西武園線の初代483F西武園行急行 483+1483+1484+484 東村山~西武園  昭和37年
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  こちらは1455+456。グロベンとガラベンの組み合せ。 萩山  昭和38年
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  この側面の窓配置は、601系までと、飛んで3000系に引き継がれました。
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  サハ1476  上石神井   昭和43年
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 池袋線配置の頃初代483F 483+1483+1484+484 保谷~ひばりヶ丘 昭和36年
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  登場時のオリジナル塗装車、462+1461    柳瀬(元)信号所   昭和36年
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451系番号変遷と譲渡先 (451系は難解ですね。誤り等あるかも知れません。ご容赦ください)

クモハ
451→三岐クモハ601
452→一畑デハ82
453→三岐クモハ603
454→一畑デハ83
455→1471(Tc化)
456→472
457
458
459
460
461→上信クモハ105(尚上信での連結相手は元西武1601形の1662→クハ105)
462
463→上信クモハ103
464→上信クハ102
465
466→上信クハ103
467→上信クモハ102
468→上信クハ101
469
470
471→三岐クモハ605
472→1472(Tc化)→三岐クハ1606
473
474
481→475
482→476
483→477
484→478
485→479
486→480
487→481→455→上信クモハ101
488→482(事故廃車)

サハ
1471→ 493(M化)
1472→1493
1473
1474
1481→1475
1482→1476
1483→1477
1484→1478
1485→1479
1486→1480
1487→1481→ 497(M化)
1488→1482→1497
1489→(一時301・302と編成)→1483(一時483・484と編成)→499(M化) 
1490→(一時301・302と編成)→1484(一時483・484と編成)→1499
1491→(一時303・304と編成)→1485(一時455・456と編成)→495(M化)
1492→(一時303・304と編成)→1486(一時455・456と編成)→1495

クハ
1451→1487一畑クハ182
1452→1488→三岐クハ1602
1453→1489→一畑クハ183
1454→1490→三岐クハ1604
1455→483(Mc化)→1485→一畑クハ181
1456→484(Mc化)→ 456→一畑デハ81

最終編成表
6連口
473+1473+493+1493+1474+474
475+1475+495+1495+1476+476
477+1477+497+1497+1478+478
479+1479+499+1499+1480+480

2連口( )内車番は451形以外の形式
451+1488
1487+452
453+1490
1489+454
455+(1434)
1485+456
457+(1658)
(1657)+458
459+(1660)
(1659)+460
461+(1662)
(1661)+462
463+(1444)
(1443)+464
465+(1446)
(1445)+466
467+(1442)
(1441)+468
469+(1450)
(1449)+470
471+1472
1471+472

車内
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台車は全て電動車DT10(TR14)、付随車TR11でした。473及1482までプレーン軸受けでの出場です。
後年、全車コロ軸受け及び制動特性統一の為レジンシュー化されました。
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# by tetudankai5501 | 2012-02-05 17:32 | 西武鉄道 | Comments(8)