団塊鉄ちゃん気紛れ撮影記

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2012年 01月 23日

東京国電ところどころ 昭和37年


 昭和30年代中頃になると、東京の国電も大分カラフルになって来ました。中央線は
オレンジバーミリオンの101系に統一、次は山手線ということでカナリヤ色の101系が
投入されましたが、もともと電動車比率の高い101系は不経済と言うことで、翌年103系
の試作車がウグイス色に仕立てられ池袋電車区に配置され、4+4の8連で暫く走り、翌年
から8連で量産車が出場、瞬く間に山手線を103系に置き換えてしまいました。
山手線の101系は、カナリヤ色のまま総武緩行線に配転となりました。
しかしそれ以外のゲタ電線区では、相変わらず茶色の73系が幅を利かせていました。

写真は中央線の101系試作車の101-901です。DT21をエアサスに改造し高速試験に供せられ
151系製作のデーター採りに生かされました。
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こちらは、その151系です。クロ151は羨望の的でした。特急用は国電とは言いませんね。
浜松町にて。海側で新幹線の路盤工事をしています。
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同じ場所で、スカ線76系。中間に32系サロ45が入っているようです。
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当時山手線に一時的に入っていた、カナリア101系。短期間で103系に置き換わりました。
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秋葉原に上がって待機する、”準急ながら”153系です。
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日暮里の跨線橋よりキハ58とモハ80系300台
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そして、国電では有りませんが新大久保から西武新宿線を望む。451系の天下でした。
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            (ブログ内掲載の写真・記事等の転載はお断りします。)

# by tetudankai5501 | 2012-01-23 22:43 | 国鉄時代 | Comments(0)
2012年 01月 22日

西武拝島線開通の頃


                       拝島線試運転前  第4種踏切
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今回は、再び西武線の昔話です
 拝島線は昭和43年5月15日にそれまでの玉川上水終点であったものを国鉄拝島駅まで
延長して開業した路線で、西武秩父線開通の1年5ヶ月前でした。
 拝島線の敷設経緯は複雑で、まづ(本)小平・萩山間が昭和3年多摩湖鉄道小平線として開業。
次に小川・玉川上水間が昭和25年開業。更に昭和37年萩山・小川間が開通。(一部旧ブリジストン
工場線利用)。この時から小平~玉川上水間を上水線と呼称。新宿線から直通運転開始となります。
当時の直通列車の大部分は、玉川上水・多摩湖行きの併結運転で、萩山で解放・連結が常態化
していました。
 昭和43年5月、玉川上水・拝島間が開通。これを契機に小平~拝島間を拝島線と呼称します。
昭和54年青梅橋駅を東大和市に改称。同58年玉川上水・西武立川間に武蔵砂川駅が新設されます。
拝島線開通に当たっては、拝島駅直前に、米軍横田基地への貨物引込み線と平面クロスすることから、
運転開始に当たっては国鉄側から必ずATSを設置するよう要請があり、西武が拝島線については
開業当初からATSを使用することとし、その為に当時ATS設置車が701・801系等4連口新車から
順次施工中であったので、優先的にこれ等の車両を用いて運転されました。従って開業当初は特に
日中などは輸送力過剰状態を余儀なくされましたが、2連口にもATS設置が進むと日中は次第に
に2両編成車の運用が増えて来たと言う経緯がありました。


                          (各写真はクリックで原寸となります)
拝島線開通翌日  拝島駅に進入する701系   昭和43年5月16日
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西武拝島駅  昭和43年5月16日
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西武立川を出発する拝島行  昭和43年5月16日
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西武立川~拝島間  昭和43年5月16日
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同上区間にて      昭和43年5月16日
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同区間にて    1462+425      昭和43年5月16日
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未だ武蔵砂川駅は在りません。  昭和43年5月16日
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開業祝賀モール  西武立川と拝島西武口      昭和43年5月
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以下は拝島開通以前の玉川上水止まり時代です。

   玉川上水・多摩湖行併結 311系 330+1329 花小金井~小平  昭和39年10月
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   上水線玉川上水行き  311系 1332+321  青梅橋付近 昭和37年9月
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   上水線西武新宿行き  311系 335+1336 萩山駅  昭和37年9月
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   上水線西武新宿行き 451系 1440+459 青梅橋駅   昭和37年9月
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玉川上水駅側線に留置されていた、ホキ81形83。同型でホキフも有りましたね。
 昭和43年5月16日
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# by tetudankai5501 | 2012-01-22 22:53 | 西武鉄道 | Comments(6)
2012年 01月 21日

山陽本線


今回は、地元の山陽本線の近況などを少し書いてみます。
と言っても特に変わった事は無く、相変わらず旅客列車は、昭和で時計が止まったままで、
113・115系と稀に103系が走るのみなのです。113系や115系はグロベン初期車や117系改造車
広島型3000代2扉車等種類は豊富で、旧型国電のお好きな方は興味が尽きないと思います。
しかし、体質改善車も多くN40やN30実施車は転換クロスシートに置き換えられており、古い車ば
かりですが其れなりに手は入れられて、座席については新車と較べ余り遜色の無い仕様とは成って
います。
広島地区では、103系以外は広ヒロ車、広セキ車共4両が基本で、朝・夕は2本併結の8連で運用されます。
103系はD編成と称して、3両ワンマン対応編成でトイレ付きです。主として呉線快速運用に用いますが、
山陽本線にも朝方3連のまま由宇まで一往復入ります。
かつてはブルトレ始め、長距離特急や急行が頻繁に往来していた訳ですが、最早それらは一本も無く、
上記通勤型電車達が行き交うのみで寂しい限りです。


 EF66123コンテナ列車 2011年4月 玖波~大野浦(各画像はクリックで原寸になります)
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 EF210145の牽くコンテナ列車   2011年4月  玖波~大野浦
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 御馴染み桃太郎EF210-165     2011年4月   西広島~横川
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 E657甲種輸送列車  2012年1月   五日市~新井口
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西武30000系甲種輸送列車38111F   2011年10月  山陽本線 大畠付近
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 115系N40体質改善車8連   2011年4月   西広島~横川
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 115系N40体質改善車4連   2011年4月   玖波~大野浦
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 115系平清盛HM付きL15編成  2012年1月  五日市~新井口  NHK大河ドラマ放送開始記念号  
 折角HM付きで宣伝するのなら、223系位持ち込めば良かったのにと思います。
 過去に新駅開業記念列車として広島で223系の運転実績があります。
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 103系D01編成 2011年4月 西広島~横川
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# by tetudankai5501 | 2012-01-21 23:40 | JR西日本 | Comments(0)
2012年 01月 20日

国分寺線のこと

 国分寺線は、川越鉄道の本線であった甲武鉄道国分寺と川越間が、新宿線の開通
によって東村山で分断され、支線扱となってしまった経緯がありますが、最近は拝島線
小川以西及び新宿線所沢以北からの中央線国分寺経由の旅客が増加する傾向にあるようで、
西武にとっても痛し痒しの状況と思われます。拝島快速や、特急の試験運転等はその対策の
一環でしょう。しかし、近年は区間運転の枠を超えて、本川越や新所沢直通運転列車も少数
ながら運行していますが、相変わらず6連のままですね。本線で余剰となった3000系は編成を
6連に短縮して、活路も見出したようです。何れにしても、西武にとって微妙な位置付けの
路線だと思います。
昭和44年秩父線開通後は、当線にもF級電機E851の牽くセメント列車が走っておりました。
 写真は、例によって昔のものばかりで恐縮です。

中央線と暫く並行して国分寺駅に進入する451系455F。 昭和40年8月  国分寺
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国鉄と共同使用駅国分寺に到着する同車。編成は456+1486+1485+455 暫定4連
同種の編成に、483+1483+1484+484がありました。この2本のサハは元々301と編成
を組んでいた車達です。上方に多摩湖線国分寺駅が見えます。 昭和40年  国分寺駅
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荷電は小川駅まで来ていたと思います。クモニ2(元国鉄クモハ14100→西武クモハ352→252) 
  小川駅 昭和43年
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東村山駅を発車して暫くすると、新宿線と分かれます。
 559F4連線内区間列車  昭和43年
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# by tetudankai5501 | 2012-01-20 03:52 | 西武鉄道 | Comments(6)