団塊鉄ちゃん気紛れ撮影記

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2017年 02月 01日

武蔵野冬景色・・再掲




2月になりました。今回は過去記事2月の「武蔵野冬景色」に写真追加をして再掲いたします。



  
武蔵野冬景色

もう半世紀も経ちましたが、昭和42~44年は特に降雪日が多く、関東でも良く積もりました。
雪景色の中を行く電車の姿が好きで、雪が降るとカメラを携え沿線に出掛けて行きました。
この時は所沢近辺でも30Cm位の積雪となり、ひざ辺りまである雪の中ひたすら赤い電車を
待ち、雪塗れになりながら撮っていました。
関東の雪は、これから2月、3月の南岸低気圧通過時に良く降ります。

掲載写真は、昭和42年2月11日から12日にかけて撮ったものです。



 513F2M4T(下り西所沢行き)425F(上り池袋行き)  秋津~所沢
                                 (各写真は、クリックで原寸となります)
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425F は420番台では唯一中間サハの4連でした。   秋津~所沢
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 505F準急池袋行き。昭和36年最初に赤電塗装となった編成でした。
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 上記 513F2M4T。2M4Tは池袋線で用いられ、サハ1551型2連5本を501系15本で持ち回りで挟んでいました。
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 これは、505F準急飯能行き。こんな大雪でも準急など優等列車も運転していました。
  秋津~所沢
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553F 西所沢行き。西武車は551系が出現する昭和36年まで一部を除き全て手動窓拭きでした。雪の時は大変だったと思います。 
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 左狭山湖行き311型急行、右池袋行き701系準急。共に番号不詳    秋津~所沢
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 池袋行き711F各停   秋津~所沢
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701系準急飯能行き。
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当時列車種別板は方向幕を使用する701系に小型の物が使われました。
最初は方向幕内に種別表示も併記しましたが、後に種類が増えたために独立掲出となりました。
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こちらは新設された小手指検車区横を行く上り列車。609F他 
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 小手指信号所まで上がってきた、西所沢止まり列車です。
 当時の運転士さん、皆マイ座布団持ってましたね。運転席が丸椅子で貧弱でした。 
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601系臨時飯能行き。  小手指(信)~狭山ヶ丘 この日はダイヤが乱れていて小手指(信) 
仕立ての下り営業列車ですが前サボが空です。
前サボは駅扱いですので、信号所には有りませんでした。
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狭山ヶ丘を発つ臨時飯能行き。こちら側は手書きです。
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 E52の牽く貨物列車。タキ車は稲荷山公園駅(貨)止めと思われます。 小手指(信)~狭山ヶ丘  
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 上同列車 木造緩急車ワフ11 哀愁漂う後姿懐かしいです。E851が現れるのは2年後の9月です。
 新製F級電機が西武線を走る事など、当時は考えも及びませんでした。
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  西武赤電全盛の頃でした。

           以上です。ご覧頂きありがとうございます。

            (ブログ内掲載の写真・記事等の転載はお断りします。)

by tetudankai5501 | 2017-02-01 01:28 | 西武鉄道 | Comments(4)
2016年 06月 24日

赤電822編成快走


近江鉄道(2)   


 6月16日から運行を開始した近江鉄道赤電塗装822編成ですが、運行二日目、三日目
は天候も回復しましたので、改めて撮影して参りました。
数十年ぶりに見るこの塗装、懐かしいの一言で近江鉄道の英断に感謝です。



 米原を発つ822編成               2016年6月16日
                          (各写真はクリックで原寸となります)
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朝日を浴びて快走。 万葉あかね線      2016年6月18日
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 こちらは100形 1102+102 
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 米原発近江八幡行始発1901列車    米原           2016年6月17日
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 同列車彦根にて
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 近江のエース900形  元西武269F 901+1901淡海号 
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 愛知川橋梁にて         2016年6月17日
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釣り掛け車221+222。懐かしのFS40です。222は自走不能のようです。 彦根車庫
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一昨年の伊豆箱根、今回の近江と来れば、次は本家西武鉄道にも赤電復活を期待して
しまいます。赤電オリジナル車は既に有りませんが、N101か2000系、はたまたこの際
9000系などで如何でしょうか・・。


  以上です。ご覧いただき有難うございました。
  
            (ブログ内掲載写真・記事の転載及び現業問合せ等はご遠慮下さい。)
 

by tetudankai5501 | 2016-06-24 23:40 | 近江鉄道 | Comments(4)
2016年 06月 24日

赤電復活


 近江鉄道・・1

 懐かしの復刻赤電がついに近江鉄道に登場とのことで、早速訪ねて参りました。


近江鉄道では同社創立120周年を記念して、西武グループ旧標準色の
ベージュとラズベリーレッドに塗り分けた所謂「赤電」を久々に復活させ
6月16日から運行を開始しました。
今回赤電塗装となった車両は、近江820形822+1822の2両編成1本です。
種車は元西武411系の後期型432+431(426+1465)で近江には同系と
して821+1821があります。


                          (各写真はクリックで原寸となります)
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近江には、旧西武401系改造の800形が12本在籍しますが、こちらは額縁
タイプのお面に改造されており、西武401系の切妻正面を有する820形は2
編成の少数派なのですが、それが幸いして今回の赤電塗装に選定されたも
のと思われます。
現車は元西武モハ426+クハ1465として昭和42年に赤電塗装を纏って誕生
しており、後の401系改造高性能化で黄色塗装に変更されましたが、今回実
に37年振りに誕生時の塗装に戻されたことになりました。

 正面には西武より縦長の近江型の方向板入れが再現されています。
 運転室内もベージュ塗装に変更される念の入れようです。

彦根車庫にて    2016年6月15日
822+1822
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822
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1822+822
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西武810+1810         小手指検車区    昭和43年
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CPはAK-3
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 車体端部は近江入線時に裾カットされていますが、これが幸いしてSUS板が
 撤去されています。
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 僚車821編成
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 同車は西武801系の流れを汲む411系423以降の塗装に忠実に再現されて
います。色合い、塗分け位置、車番位置など新製当時を彷彿させ大変懐かしく
素晴らしい出来栄えです。


101編成  101+1101
元N101系295F。近江100形は他の形式と異なり制動装置はHSC-Dのままです。
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102編成 102+1102
元N101系285F。こちらにはスカートが未装備です。
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出発式は6月16日午前10時40分から挙行されました。同日から運行開始と
なりましたが、以前ありました西武159の2週間限定赤電と異なり、当分はこ
の塗装で運行されるものと思われます。
  彦根駅      2016年6月16日
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 庫内から出庫です。赤電なので赤レンジャーさん達なのか・・
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 出発式典の様子です。滋賀県知事、近江鉄道社長も臨席です。
何故か地上時代の武蔵境を見るような感じです。
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 出発式の後、米原行き2100列車からのスタートでした。
写真は米原折り返し、貴生川行き1801列車。   米原     2016年6月16日
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運行開始日当日は、終日生憎の雨模様でしたが、沿線要所には赤電を撮られる方の
姿が見られました。


こちらは、同時に企画された赤電関連の2日限定チケットとキィーホルダーです。
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 その2へ続きます。

          以上です。ご覧頂きありがとうございます。

            (ブログ内掲載写真・記事の転載及び現業問合せ等はご遠慮下さい。)

by tetudankai5501 | 2016-06-24 23:35 | 近江鉄道 | Comments(10)
2014年 04月 13日

赤電時代の台車から


  久しぶりの西武電車です。

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 西武の赤電は昭和35年から始まりました。501系の塗替が最初で次いで
451系481~(後に改番475~)が赤電で新製されました。
551系は昭和36年デビューですので、最初の新製赤電形式で、501系共々
鼻筋の通った湘南形2枚窓車は新鮮に感じたものでした。
最初のカルダン車601系は昭和37年末の登場ですので、丁度釣掛車から
新性能車に移行する時期と重なります。
 今回は、赤電時代の台車を振り返ってみます。



                          (各写真はクリックで原寸となります)
TR-14(DT-10)
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 601系が登場するまで西武は全てHL制御の社型を除き、国鉄型CS5系の
制御装置を流用した旧性能車でしたから、その台車も全部旧車からの流用
でした。搭載電動機はMT-15が標準ですが、他の電動機も有ったようです。
TR-14は旧院電木造電車の標準台車ですから、起源は明治時代からですが
「西武標準台車」として、501系と401系(63系4扉)を除く殆んどの電動車が履
ていました。コロ軸受けに改造されたのは、451系の474以降からで、後に20m
車は全てコロ軸に改造されます。
 主な使用形式  311・351・371・411(当初)・451・551(当初)・571(当初)
553 昭和36年12月  保谷
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 575 昭和44年1月  小手指 
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TR-11
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 601系が登場しても制御車は台車の新製が見送られましたから、結局クハ1701
型までこの台車が用いられました。
1701型のエアサス化は101系登場直後の昭和44年から始まります。従って昭和
43年にクハ1801が登場するまで、西武の付随車の全てがTR-11(TR-12)を履いて
おりました。(1401は一時期TR-23でした。)
 主な使用形式  上記1401・1801を除く付随車の全て。
 613F  昭和43年12月  上石神井
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1330 昭和43年12月   小手指
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新車も旧車も皆TR-11でした。



TR-21(DT-11)
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 旧鉄道省モハ30形以降の鋼製電車からTR-14に変わって製造された形式です。
TR-14同様イコライザー式台車ですが、型枠が形鋼から板枠に変わっています。
西武では、最終的にMT-30を用いる501型などに用いられました。
 主な使用形式  351(501系発生品) ・501(518~530)・551(559,560)
 519   小手指
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TR-25系(改造空気バネ台車)(DT-12)
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 軸バネ式のDT-12の枕バネを板バネから空気バネに改造した台車で、501系の
501~517がこれを履いていました。当初初代401形で試作され、後に再度改造の
後、その2両分が501系に流用されています。
 DT-12の軸距は2500㎜ですが、西武には2450㎜の物があり、恐らくこれはモハ
221形が履いていた台車(10両分)ではないかと思われます。上信電鉄譲渡の451
に現存します。
 主な使用型式  401(初代)・501(501~517)
 401  昭和41年  萩山
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FS-342(DT-21)
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 昭和37年末に登場した西武初のカルダン駆動車から採用された国鉄標準台車
DT-21の西武版です。西武ではこれに当時最新の電動機MT-54同等品を搭載し
2M2Tの新性能車を量産しました。
 在来釣掛け車との併結を考慮したため、電制は見送られレジンシューによる空
制のみですが、同時に在来車も全てレジンシューに改め統一されました。
この台車は結局601・701・801と赤電新性能車の全てに採用され、総勢120両分が
製造されました。西武時代には全て中間電動車用で先頭車に用いられた事はあり
ません。
西武廃車後は車体ごと譲渡は、流鉄・上信・伊豆箱根・三岐があり、台車のみ譲渡
は西鉄・北陸です。近江に行った801系は結局倉庫代わりに使用され走ることは有
りませんでした。
 使用型式  601・701・801
 614  昭和43年12月   上石神井
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FS-067
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 昭和43年に登場した801系の制御車1801型に採用されたインダイレクトマウント型
の西武初の新製エアサス台車でした。モハ801型には採用されず、FS-342がそのま
ま使われました。801系製造時にはTR-11も枯渇し将来の付随車台車交換も視野に
入れた設計のように思えましたが後の1701型の台車交換は結局101系の1101型と
同型のFS-072で全車置き換えられ、FS-067は軸距を2450㎜に拡張してTR-14置換
用のFS-040の設計に生かされました。
  使用型式  1801
 1809  昭和43年12月   小手指
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FS-040
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上記FS-067を釣り掛け電動機が収容可能な軸距離に延長したDT-10などの旧台車
置き換えを目的に製造された形式で、411、551、571系や1651,1551等の付随車
にも用いられました。後に近江鉄道に集約され旧型台車の置き換用となりました。



FS-072
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昭和44年に登場した101系列から採用されたダイレクトマウント型のエアサス台車
です。上にも書きましたが701系の1701型は後に全て当台車に置換えられました。
 車体と台車をボルスタアンカ連結する改造を伴うダイレクトマウント型を採用したの
は101系量産による台車種類の統一を考慮したものと思われます。
  使用型式  1701
 779F   昭和44年12月  東吾野~武蔵横手
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  (写真再掲載が多く申し訳け有りません)

            (ブログ内掲載写真・記事の転載及び現業問合せ等はご遠慮下さい。)

by tetudankai5501 | 2014-04-13 21:08 | 西武鉄道 | Comments(6)
2013年 12月 12日

赤電時代の車両基地


 101系が登場する以前の西武の検車区は池袋線が保谷、新宿線が上石神井の2検車区
体制が旧武蔵野、旧西武時代からずっと続いておりました。秩父延長や将来の輸送増を見
越して池袋線に小手指検車区が開設されたのは秩父線開設の3年前の昭和41年でした。
保谷から501系、601系等が移動してきましたが、広大な構内は閑散としていました。
 電機は上石神井にE51・52が、それ以外の形式は保谷に配置されていましたが、小手指
開設と同時に全機集約します。所沢に機関庫が作られたのは後年のことでした。




                          (各写真はクリックで原寸となります)
上石神井検車区風景   昭和43年
  クハ1304+モハ377ほか
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小手指検車区風景   昭和41年
  501系2M4T,E51などが見えます 
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E41と501系   昭和41年
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同じく小手指検車区   昭和43年
  E22,E71や完成直後の101Fが見えます。101Fの竣工は44年3月となっているようですが、
現車は43年12月には所工を出場していました。
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検査標記  (101F完成当初検査標記)
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小手指検車区の脇を通過する上り準急   昭和42年
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保谷検車区風景   昭和37年
  まだ旧塗装車が見えます。
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同じく保谷検車区   昭和42年
  出庫待ちの701系
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保谷にやって来た国鉄ED11-1(西武E61)   昭和36年
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by tetudankai5501 | 2013-12-12 20:19 | 西武鉄道 | Comments(0)
2013年 09月 05日

昔の写真から・・西武昭和38年




昭和38年は前年末に登場した601系7本が出揃い701系も秋以降に落成し
西武線にもやっとカルダン駆動車が走り始めた年でした。
 赤電塗装が始まったのは昭和35年ですが、当初旧型 311系以前の形式は
赤電塗装を纏わず茶黄色の旧塗装でしたので、この頃は未だ新旧色混在の
頃でも有りました。



                          (各写真はクリックで原寸となります)
 701系3本目の705F。この編成は出場当初正面Vカット塗装で登場しましたが、
直ぐに直線塗りに直されました。この写真は塗り直し後の姿ですが正面に登場時の
Vカットが透けて見えるようです。  クハ1705  東久留米~清瀬  昭和38年
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 7本が出揃った601系。以降の増備は701系にチェンジされました。
                  613F  保谷~ひばりヶ丘  昭和38年
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 当時の吾野行きハイキング急行。休日の朝・夕運行されましたが、不定期列車で
雨天は運休でした。
  501の「伊豆ヶ岳号」  左は待機の527F2M4T  高麗  こちらは昭和37年
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            (ブログ内掲載写真・記事の転載及び現業問合せ等はご遠慮下さい。)

by tetudankai5501 | 2013-09-05 20:49 | 西武鉄道 | Comments(7)
2013年 08月 06日

西武最初の8両編成


 西武最初の8両編成は1961年(昭和36年)の暮れから始まりました。当時は全車
吊り掛け旧性能車ばかりでしたが、乗客急増対応策として、池袋線の所沢・池袋間
にて朝の飯能発急行4連2本を所沢で4両増結して8両仕立てとして運転されました。
途中駅での増結作業の作業性から使用車両は当時唯一電連付きでした551系が専
ら使用されました。20m車の8両編成は当時の私鉄としては珍しいものがありました。
あれからもう50年以上経ってしまいましたが、10両運行が始まったのは2年後の昭和
38年からでした。




                          (各写真はクリックで原寸となります)
所沢で前4両増結して池袋へ向かう朝の8連急行。  昭和36年12月   保谷~ひばりヶ丘
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折り返しもホーム有効長の関係で急行飯能行きでした。所沢まで8連で運行されました。
                                  昭和37年     東長崎~江古田
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            (ブログ内掲載写真・記事の転載及び現業問合せ等はご遠慮下さい。)

by tetudankai5501 | 2013-08-06 22:29 | 西武鉄道 | Comments(4)
2013年 01月 12日

ネズデコとアカデコ



 西武赤電塗装の湘南タイプは351系に始まり801系まで6タイプが有りましたが、
このうち701系以前のおでこヘッドライトの車輌は351,501,551,601の4種でした。
351,501は当初茶色・黄色の湘南塗り分けで登場しましたが、後の昭和35年以降
順次いわゆる赤電ツートンカラーに変更されます。551、601系は当初から赤電で
出場でした。この際おでこのヘッドライト下には側面雨樋位置の赤塗装をそのまま
鉢巻状に巻いて赤帯とし、その上ライト廻りをグレー塗装としていました。(この状況
をネズデコ塗装と言うのだそうです。)
その後、701系がヘッドライトを腰に落として方向幕をおでこに付けた時からこの部分
全体を赤く塗りつぶしました。暫く後に赤鉢巻だった351から601までの湘南タイプの
車輌はすべて701系のように赤く塗りつぶされる事となります。(この状況がアカデコ
塗装ですね。)
細かい事では、当初351系では351から360までが太い木製雨樋でしたので、これに
合わせて正面の鉢巻も太いタイプでした。更に701系のアカデコの側面すり付け部が
流し塗りわけで有ったのに合わせ旧来の車輌達のアカデコ側面仕舞いも流し塗り分け
となりました。但し351系では後のキャンパス張替えの最に単純な直線分けとしていた
ようです。写真は再掲載が多くすみません。



                          (各写真はクリックで原寸となります)
351系赤帯2態。上は太巻き、下は細まきタイプです。
357F 急行西武新宿 花小金井~小平 昭和39年
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365F 準急飯能 秋津~所沢 昭和36年
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351系赤塗り  354F更新後  小手指 昭和43年
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501系赤鉢巻  クモハ502  吾野 昭和36年
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501系赤塗り  529F  小手指 昭和43年
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551系赤鉢巻  553F 保谷 昭和36年
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551系赤塗り  561F 秋津~所沢  昭和44年 
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601系赤鉢巻  601F  保谷  昭和37年
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601系赤塗り 613F  上石神井 昭和44年
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おまけですが・・赤鉢巻時代の伊豆箱根1000系第二編成 昭和44年  大場
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こちら1000系第三編成から赤塗りでした。 昭和44年 大場
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by tetudankai5501 | 2013-01-12 17:07 | 西武鉄道 | Comments(4)
2012年 03月 09日

西武411形

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 西武411形は昭和39年から同43年に亘って製造された、Mc+Tcの2両固定編成の足回
り中古部品流用新造車で、同時期に製造されたカルダン駆動の701形と並行して作られ
ました。前面形状は切妻で451形と同形態ですが、側面は701系と全く同じ仕様で451形と
701形との折衷型となりました。車内造作は701形とほぼ同じでした。
 車体形態は製造時期により一次型411~422、二次型423~429で、二次型から西武新造
車初の雨樋を上方に上げた張上屋根に近い形状となり、以降の801・101形に引き継がれます。
一次型も細部については、縦雨樋の埋め込みの有無の相違が有りました。
 昭和47年、乗り心地改善の為従来のTR14から新製FS40への台車置き換が行われ、吊り
掛け車ながら空気バネ台車に履き替えられました。
 さらに昭和53年以降には、701形冷房改造、HSC制動化工事と同様の改造が施工され
Mc+Mc全電動車方式で冷改が行われ、塗装も701形同様レモンイエローへと模様替え
し、FS372台車を履いた高性能車に生まれ変わることとなります。
 なお改造は元クモハを偶数車に揃えたため奇数Mc編成の方向転換が実施されています。
 淘汰は平成2年から始まりますが、2両編成冷房付きで有ったので、19編成全車が他私鉄
に譲渡されました。




前面451形、側面701形との折衷形です。 414+1453 上石神井   昭和43年
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  所沢工場新製出場の415+1456  所沢   昭和40年
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  張り上げ屋根となった第二次車 423F 423+1464  井荻  昭和42年
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  上同編成 クハ1464       上石神井   昭和42年  (H氏撮影)
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   拝島線にて   414+1453  西武立川~拝島   昭和43年
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  萩山にて     413+1454   昭和40年
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  番号変遷と譲渡表


新製時吊掛   高性能化      譲渡 
411+1452→ 402+401→ 三岐 101+102
412+1451→ 404+403→ 近江 801+1801
413+1454→ 406+405→ 三岐 103+104
414+1453→ 408+407→ 上信 151+152
415+1456→ 410+409→ 三岐 105+106
416+1455→ 412+411→ 近江 811+1811
417+1458→ 414+413→ 近江 807+1807
418+1457→ 416+415→ 近江 803+1803
419+1460→ 418+417→ 近江 805+1805
420+1459→ 420+419→ 近江 保留中
421+1462→ 422+421→ 近江 806+1806
422+1461→ 424+423→ 近江 804+1804
423+1464→ 426+425→ 近江 802+1802
424+1463→ 428+427→ 近江 810+1810
425+1466→ 430+429→ 近江 821+1821
426+1465→ 432+431→ 近江 822+1822
427+1468→ 434+433→ 近江 808+1808
428+1467→ 436+435→ 近江 809+1809
429+1470→ 438+437→ 近江 701+1701


            (ブログ内掲載の写真・記事等の転載はお断りします。)

by tetudankai5501 | 2012-03-09 01:08 | 西武鉄道 | Comments(10)
2012年 02月 25日

西武701形


   601系に続く量産新製能車

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601形に続く新性能車第二陣となる当形式は、足回り・制御機器は 601形をそのまま
踏襲しますが、車体を大きく設計変更しました。3扉非貫通湘南タイプではあるものの
側窓配置の独立均等化、551形続くアルミハニカムドアの採用(ドア室内側は化粧版貼)
、正面形状を大きく変更し行灯式行き先方向幕の取付、2灯式ヘッドライト、補強を兼ね
たステンレス化粧版、への字状だった正面窓の直線化、標識灯の上方移設等で以降
の801・101形まで続く西武2枚窓正面形状の基本形を確立しました。

    729F   柳瀬川橋梁            (各写真はクリックで原寸になります)
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 室内は従来の601形と略同一ですが、天井板も含め無塗装化を図り保守工程の簡略
に貢献しました。更に4両固定中間連結部の連結器を従来の密連から棒状に変更して
貫通路床面のフラット化を図ります。
 総計48編成、192両が昭和38年から同42年の4年間に量産されました。丁度一ヶ月に
1本が新製されるというハイピッチで増備が行われています。
 製造過程で多少の相違点が生じていますので、主なものを挙げてみます。

 第一次車  701F~747F
 外観的には正面ヘッドライトが普通球100W×2灯、乗務員室扉手すりが露出式です。
尚後期には、室内戸袋窓の大型化や、側部横サボ差しを取り付けて出場した車両も有り
ました。一次車最終の747Fは101形登場前年に、その色見本として試験塗装が施されま
した。
 第二次車 749F~795F
 外見的には正面窓下周りが補強され段差が見られること、乗務員室手すりが埋め込み
タイプに変更、室内貫通路上端部のRを直線状に変更しました。又最終増備の791F以降
は車内スタンションポールの撤廃が行われました。(この措置は、後に在来車全体に実施
されます。)

 改造
 後に全制御車の台車交換(TR-11A→FS072)、編成中央部貫通路への両開き扉設置が
行われ、一部車両には台車交換時にMGの交流化と室内灯の40w化が実施されました。
1701系のTR11からFS072への台車交換は、昭和44年から始まり同53年に全車完了、
又冷房改造・制動装置のHSC化は、昭和50年の731F・733Fから始まり、同57年の
747Fを最後に全車完了となります。
尚、701系冷改車の最初の6本は赤電塗装で出場しています。参考までに車番は下記の
番号だったと思います。後に冷改車は全て黄色単色に塗装変更されております。
731F,733F(4連、要検同時施工) 小手指
749F,751F(4連、全検同時施工) 小手指
701F,705F(601系モハ組込6連、全検同時施工) 南入曽
冷改と台車交換時期がラップしていますので、冷改時に台車交換も同時施工が実施され
た事例も有ったのかも知れません。

 6連化
 601系の中間電動車7組を冷改時に組み込み6連化されたグループがあります。
701F~713Fの7編成がこれに該当し4M2Tとなります。
またこれとは別に、791F~796Fの3本も編成を解かれ、電動車のみ785F~789Fに組込
まれ6連化され4M2Tとなっています。その際余剰と成った1791~1796のクハは電装され
Mc2連に組まれて、3代目501形3編成となりました。

     上石神井にて   昭和43年
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  新製時の701F  保谷~ひばりヶ丘   昭和38年
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 同上     701F  1701   保谷~ひばりヶ丘   昭和38年
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   同上     701F  1702
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   727F   拝島にて     昭和43年
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   705F    東久留米~清瀬    昭和38年
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     771F    秋津~所沢   昭和44年
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   781F  東村山~所沢    昭和42年
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   779F  武蔵横手~東吾野    昭和44年
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    久米川~東村山      昭和43年     
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    稲荷山公園~入間市(複線化工事中)
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    東村山にて       昭和43年
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    783F   東吾野~吾野   昭和44年
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    761F     西武立川~拝島    昭和43年
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    781F    小手指信号所   昭和43年
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    787F    ひばりヶ丘~東久留米   昭和43年
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    733F     西所沢~小手指(信)   昭和43年
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    727F    井荻駅   昭和43年
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    西武立川~拝島   昭和43年
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   711F   秋津~所沢    昭和42年
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   791F(ATS試験車)     小手指区    昭和42年
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  モハ791   小手指区   昭和42年
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  モハ722  上石神井
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    101系塗装試験車   747F  小手指区   昭和43年
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   751F 小手指区    昭和43年
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     新所沢引き上げ線にて
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 こちらは、横サボ使用の僚車伊豆箱根1000系第二編成2002+1004+1003
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初期の頃は方向幕内種別表示でした。  クハ1726
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 黄色(1101)と赤電(1791)  やはり赤電塗り分けは素晴らしいです。
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701系のカラー写真が有りませんので、159Fの再現赤電で
      平成13年10月8日   横瀬
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     保谷にて  
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  譲渡先

1735+735+736+1736→伊豆箱根 モハ1013+モハ1014+クハ2007(H2年)
                (735の電装品を1735に移設し1013とした)  
1777+777+778+1778→伊豆箱根 モハ1011+モハ1012+クハ2006(H1年)
                (777の電装品を1777に移設し1011とした)  
1783+783+784+1784→伊豆箱根 モハ1009+モハ1010+クハ2005(H1年)
                (783の電装品を1783に移設し1009とした)  

1771+771+772+1772→三岐 クモハ803+モハ804+クハ1804(H4年)
                (1771の運転台を771に移設し803とした)  
1779+779+780+1780→三岐 クモハ801+モハ802+クハ1802(H2年)
                (1779の運転台を779に移設し801とした)  
1781+781+782+1782→三岐 クモハ805+モハ806+クハ1852(H9年)
                (1781の運転台を781に移設し805とした)  
1789+701-89+701-90+1790→三岐 クモハ851+モハ881+クハ1851(H7年)
                (1789の運転台を701-89に移設し851とした)  

1755+755+756+1756→上信 クモハ156+クモハ155(H8年)
(1755の運転台を755に移設し156に、1756の運転台を756に移設し155とした)

1745+745+746+1746→流鉄 クモハ2003+モハ2101+クハ21(H7年)
                (1745の運転台を745に移設し2003とした)  
1757+757+758+1758→流鉄 クモハ2005+クモハ2006(H9年)
(1757の運転台を757に移設し2005に、1758の運転台を758に移設し2006とした)


            (ブログ内掲載の写真・記事等の転載はお断りします。)

by tetudankai5501 | 2012-02-25 23:46 | 西武鉄道 | Comments(13)