人気ブログランキング |

国分寺線のこと

 国分寺線は、川越鉄道の本線であった甲武鉄道国分寺と川越間が、新宿線の開通
によって東村山で分断され、支線扱となってしまった経緯がありますが、最近は拝島線
小川以西及び新宿線所沢以北からの中央線国分寺経由の旅客が増加する傾向にあるようで、
西武にとっても痛し痒しの状況と思われます。拝島快速や、特急の試験運転等はその対策の
一環でしょう。しかし、近年は区間運転の枠を超えて、本川越や新所沢直通運転列車も少数
ながら運行していますが、相変わらず6連のままですね。本線で余剰となった3000系は編成を
6連に短縮して、活路も見出したようです。何れにしても、西武にとって微妙な位置付けの
路線だと思います。
昭和44年秩父線開通後は、当線にもF級電機E851の牽くセメント列車が走っておりました。
 写真は、例によって昔のものばかりで恐縮です。

中央線と暫く並行して国分寺駅に進入する451系455F。 昭和40年8月  国分寺
a0251146_3462619.jpg


国鉄と共同使用駅国分寺に到着する同車。編成は456+1486+1485+455 暫定4連
同種の編成に、483+1483+1484+484がありました。この2本のサハは元々301と編成
を組んでいた車達です。上方に多摩湖線国分寺駅が見えます。 昭和40年  国分寺駅
a0251146_3475428.jpg


荷電は小川駅まで来ていたと思います。クモニ2(元国鉄クモハ14100→西武クモハ352→252) 
  小川駅 昭和43年
a0251146_3484368.jpg


東村山駅を発車して暫くすると、新宿線と分かれます。
 559F4連線内区間列車  昭和43年
a0251146_34973.jpg


            (ブログ内掲載の写真・記事等の転載はお断りします。)
by tetudankai5501 | 2012-01-20 03:52 | 西武鉄道 | Comments(6)
Commented by tunosuke at 2012-01-20 13:29
久しぶりに拝見いたしました。
拝島快速や拝島特急は、小川駅には停車しませんので、国分寺線への旅客誘導というよりも、中央線快速に対抗して新宿から拝島方面への速達客誘致という面が強いかと思います。
萩山在住の私にとってはあまりありがたくない列車で、周囲の人からも拝島快速には疑問視する声が多く出ています。
国分寺線はかつての川越鉄道のように、対所沢・本川越方面へのパイプ強化という形で発展していくのではないでしょうか。
利用していないので混雑のほどはわかりかねますが、学校も多いので、朝を中心に輸送力強化の必要もあるかもしれませんね。
Commented by 団塊鉄ちゃん at 2012-01-20 18:49 x
つのすけ様 何時も有難う御座います。
今日の東京は雪模様のようですね。積雪は綺麗ですが後で日陰に残った雪が凍てつき、困りますよね。ここ広島では、市内では殆ど積もりませんが、少し標高の高い郊外では、冬型の強い日には雪が舞い、積雪となります。自分の車も念のため、先日冬タイヤに交換しました。
さて、拝島快速が小川や萩山に停まらないのは、明らかに国分寺方面への旅客流出を避ける為でしょうね。途中駅の人には仰るように意味の無い存在なのかも知れません。せめて小江戸を小平に停車させれば
少し便利かもしれません。最近の通勤事情を知らない外野の私ですので、的外れの考えかも知れませんが・・・。
それでは又のお便りお待ちしています。
Commented by vasutfan at 2012-01-21 06:18 x
団塊鉄ちゃん様 皆様

またまたお邪魔いたします、いつも興味深いお写真、そしてお話をありがとうございます。

つのすけ様ご指摘の、拝島快速の小川通過、全く以て理解できませんね。
平面クロス大渡りで減速するのに停車しないとは。。。
これではかつての特快国分寺通過と同じで、利用者無視かつ利益追求の姿勢みえみえと言われてもしかたありませんね。
さて、西武国分寺駅、当時は国分寺線が本屋側なので1番線で、改札も共用、よくキセルしてる人がいましたが、これも川越鉄道が甲武鉄道の傘下だった名残ですね。
一方の多摩湖線が0番ホームというのはご愛嬌です。
ところでお写真の、国分寺駅に進入する列車の奥側にも線路が確認できます。
私が物心ついたころにはすでにありませんでしたが、お写真の様子でもすでに錆て使用してないようです、ひょっとすると川越鉄道時代のレールかもしれません。
またものの本によると、甲武鉄道傘下の時代は、川越発飯田橋(町)まで乗り入れの列車もあったとか。
今、西武の車両が国分寺、或いは新秋津の短絡線を使ってJRに乗り入れる(あるいはその逆)のは、夢のまた夢ですかね。
Commented by 団塊鉄ちゃん at 2012-01-22 00:40 x
vasutfan様 何時もご覧頂き有難う御座います。
拝島線のこと。私もつのすけ様に同意です。動画を見ましたら、30000系が
時速40Kmくらいで萩山を”通過”して行きました。拝島線は非常に平面交差
が多いのと、小平・小川間の線形の悪さ、部分高架線が高速運転上のネック
だと思います。線形の件は歴史的経緯から致し方ないのでしょうが、平面交差
はダイヤ構成上問題が多いのではないでしょうか。上りを例にとると、拝島出発後
すぐ横田基地引込み線とのクロス、小川での国分寺線とのクロス、萩山の多摩湖線
とのクロス、そして小平進入時の新宿線とのクロスと4箇所ですね。
 拝島の横田基地引込み線との平面交差は、昭和43年当時、西武拝島線運転
開始に当たって国鉄側から必ずATSを設置するよう要請があり、西武が拝島線
については開業当初からATSを使用することとし、その為に当時ATS設置車が
701系等4連口新車から順次施工中であったので、優先的にこれ等の車両を用い
て運転されました。従って日中などは空気輸送状態でありましたが、2連口にも
設置が進むと、日中は次第に2両編成車の運用が増えて来たと言う経緯がありました。
Commented by tunosuke at 2012-01-22 10:09
団塊鉄ちゃん様、vasutfan様、コメントありがとうございます。
拝島快速はご指摘の通り、萩山、小川といった複数線区の接続駅でかつ通過速度に制限を受けているにもかかわらず通過で、停車した場合と比べてどれほど時間が短縮されているのか疑問であります。くわえて東大和市駅まで通過ですから、まったくもって存在意義が理解しかねます。
現在は電車通勤していませんが、昨年のダイヤ改定で玉川上水での停車時間が延びて実質スピードダウンですし、小川の平面クロスの影響で、拝島線に遅れが出ると国分寺線の電車があおりをくらって徐行となり、東京街道の踏み切りで減速して遮断時間が延びるなど、地元ならではの悩みもあります。
ところで国分寺線のお写真懐かしく拝見いたしました。高校通学時多摩湖線を利用しており、「0番線」の351系に乗っていると下の国分寺線に電車が入線するのを眺めていました。当時は運用2本のうち1本が101系冷房車で冷房化率50%、非冷房車は4連口なら何でも入線しており、記憶では551系で唯一4連のままだった561Fが良く入っていたような気がします。今の国分寺駅には当時の面影は全く残っていません。
Commented by 団塊鉄ちゃん at 2012-01-22 20:19 x
つのすけ様 何時も有難う御座います。
 拝島線の件、地元にお住まいだけに状況がリアルに伝わってまいります。
拝島快速・拝島特急今後のダイヤ改正でどの様になるのか注目ですね。
つのすけ様が多摩湖線国分寺口を利用されていた頃は、351系の3両編成
ですね。17mが幸いして赤電最後の、そして釣り掛け最後の編成となりましたね。
国鉄のホームから多摩湖線を見ると高いところからオーバーランしたら一大事
と思っていました。
vasutfan様が仰るよう秋津連絡線を積極活用した武蔵野線直通列車が有ると便利   
でしょうね。特に埼玉県は西部の飯能・狭山・入間・所沢市方面から県庁のある
南東部さいたま市方面の鉄道連絡が非常に不便です。秋津で武蔵野線乗り換も
面倒な様子ですし、西武球場へも沿線民以外の人がもっと利用し易くなるでしょう。
但し、野球臨は難しいでしょうね。試合終了時間が判りませんから、直通列車は
無理でしょう。
<< 山陽本線 西武の旧社形 その2 >>