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正常進化?

 西武所沢工場による自社車両の他社向け改造車、他社車両の他社向け改造車
は数多くあります。他社の廃車体を購入し他社に納入した後者の例の主たるものは、
京急デハ400→弘南モハ108、流山モハ1101、伊予鉄モハ121系
小田急クハ1650→関東鉄道キサハ65,67、三岐モハ125、クハ215,216
南海キハ55→関東鉄道キハ755
国鉄キハ04→関東鉄道キハ411,412
国鉄キハ07→関東鉄道601,602,612,613,614
等など数多く有ります。
 一方、他社向け純新造車はそれほど多くは有りませんでした。
上信電鉄デハ200増備車204,205、クハ303,304(昭和44年)
上毛電鉄デハ181(昭和38)
三岐モハ150,151(昭和46、48年)
系列の伊豆箱根には下記の12両です。
伊豆箱根1000系(一期)モハ1001~1004、サハ2001、クハ2002(昭和38~39年)
伊豆箱根1000系(二期)モハ1005~1008、クハ2003、2004(昭和43~46年)
上記の様に意外と少ないのです。但し鋼体化名義による新車や機関車、貨車等
は除きます。)
 新造車の内、カルダン車は上信デハ200系のみで、正面は在来200系(東洋電機)
同様貫通式でしたが、側面は同時期に製造された西武423以降と全く同じでした。
 伊豆箱根1000系は、製造時期が西武601系から801系とラップしているので
西武車の変化の影響を強く受けているのが面白い処です。第二期車は後に
西武701系廃車余剰部品でカルダン化しますが、最後まで非冷房のままでした。

第一、第二編成は西武601系と時期が合致しますので、正面形状の違いは
ヘッドライトの位置がおでこから降りて、へそ二丁ライトとなった位です。がそれだけ
で雰囲気は大幅に違いますね。おでこがとても寂しいのです。
第三、第四編成は西武701系の影響を強く受け、方向幕と標識灯が上に上がり
くの字断面、塗装変更と相俟って洗練された姿になりました。
車内は第三編成以外セミクロスシートですが、何故か第二編成のみ床が板張り
でした。
 余談ですが、所沢中線で最初に1000系の新製車を見た時は、西武と全く同じ
赤電塗装なので西武車と勘違いし、何故にクロスシ-トなのかと驚きました。
てっきり、休日急行用で、平日は日中だけ急行運用に入るのかと勘違いしました
が、落ち着いてみると伊豆箱根の社紋が付いていたので納得した覚えが有ります。

 写真は伊豆箱根1000系第一期車モハ1001「昭和38年製」 昭和44年 大場工
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 写真は西武601系1614「昭和37年製」  昭和43年  上石神井
お面はヘッドライトの位置が違うだけなのですが・・・・。
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 601系に続く701系「昭和38年製」    昭和43年    拝島
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こちらは伊豆箱根1000系第二期車クハ2003「昭和43年製」  昭和44年  大場工
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こちらは西武801系1809「昭和43年製」  昭和43年  小手指区
何やら1000系の方が、観光地の電車らしく変身しました。
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上が伊豆箱根1000系の運転台。下は当時の西武の標準運転台。圧力計1ヶです。
伊豆箱根は吊り掛け車なのにメーター沢山でした。恐らく乗り入れて来る
国鉄車に合わせていたのでしょう。
ATSの付く前の西武の大部分の吊り掛け車には、速度計は有りませんでしたね。
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            (ブログ内掲載の写真・記事等の転載はお断りします。)
by tetudankai5501 | 2012-01-28 18:30 | 西武鉄道 | Comments(4)
Commented by tunosuke at 2012-01-29 10:47
いつも懐かしいお写真ありがとうございます。
伊豆箱根1000系の2期車は、正面が「く」の字型に曲がっていたのですね。東急7200系に似ているような気がします。
西武の車輌と違って完全張り上げ屋根で美しい車体ですが、下回りが旧型のままでアンバランスでした。この時代は私は見たことがありませんが、1期車が大井川鉄道に譲渡されたのに乗ったことがあります。
カルダン化された晩年の姿は、会社の旅行で修善寺に行った際、大場の車庫で撮影させてもらったことがあります。
Commented by 団塊鉄ちゃん at 2012-01-29 13:34 x
つのすけ様 いつも有難う御座います。
 伊豆箱根1000系の最初の出場車を所沢駅で見たときは、551系の増備車で
ハイキング急行などに使うのかと勘違いしました。塗装塗りわけが西武と全く
同じでしたからね。
 私は2期車がカルダン化された姿は、写真でしか知りませんが、張り上げ屋根
水切りからの縦樋が先頭車側にも付加されて少しスタイルが崩れていました。
 西武も昔、551系をカルダン化するという話が有ったらしいのですが、実現しま
せんでした。
Commented by すぎたま at 2016-10-10 22:18 x
少々前の記事に失礼いたします。はじめまして。すぎたまと申します。

伊豆箱根鉄道の1000系一次車ですが、どうも省電台枠の流用ではないかと思えるふしが…。
図面を持っているのですが、車体の各部寸法がほぼ全くモハ60等のそれです。お写真を拝見しましたが、一次車の台枠はやや厚みがあるように見えます。果たして真相は…?。

失礼いたします。
Commented by 団塊鉄ちゃん at 2016-10-11 23:33 x
すぎたま様ご覧いただき有難うございます。
伊豆箱根1000形1次車の新製は昭和38年、所沢工では既に701系の大量増備
が行われていた時代でした。
西武では一代目501系や1411系(昭和29~31年)新造に当たっては、多くの車両
が旧型客車や戦災焼け電等の払い下げ車を鋼体化或いは鋼体化名義での製造
が常態化していました。しかし当車の製造は昭和38年であり二代目501系以降の
全金属車では鋼体化は行われていないものと考えていました。
確かに仰るように、伊豆箱1000系と西武601系の写真を眺めますと、1000系の方が
ドア下部寸法が厚く車体が僅かに寸胴に見えるような感じが致します。
軽量化を図った二代目501系以降の車両に旧国台枠を用いる事は考え難いのです
が1003編成の床張りだ木製であった事等を考慮しますと、仰るような事も否定出来
ないかも知れませんね。
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