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上信電鉄昭和44年冬




      上信200形一次                       昭和44年1月
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 昭和40年代初めの或る冬の日、思いついて高崎の上信電鉄に始めて訪れました。
行きは東飯能乗換えで八高線高崎までキハ17でしたでしょうか?結構時間が掛かりました。
 上信には当時新車200形がお目見えしていたので、これを撮りたかったのです。
上信200形は、昭和39年に東洋工機で第一次車デハ201.202.203、クハ301,302の5両が製造
されました。続く第二次車は西武所沢工場で昭和44年にデハ204.205、クハ303.304の4両が
製造されています。第一次車は側窓が1段窓、高崎寄りのクハ前面は非貫通3枚窓ですが、
DT21同等の台車を履き、カルダン駆動の3扉20m車体の地方鉄道としては端正な纏まった
好ましいスタイルの車両でした。第二次車は西武製と言う事もあり、当時の西武423以降の
張り上げ屋根スタイルで側窓2段完全上昇と、側面は西武801系を彷彿させるものでした。
しかし当時の主力は小型2扉の20系及び30系であり、荷物室を備えたデハニも健在でした。

 
    写真は何れも昭和44年1月撮影(各写真はクリックで原寸になります)
    200形写真は一次形です。


     先ず東飯能まで乗って来た西武749F 吾野行き   東飯能
      西武線と八高線は亙り線で結ばれています。
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     八高線八王子行きキハ17系4連    東飯能
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     東飯能から高崎まで相当時間が掛かりました。
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     お目当ての上信電鉄新車 デハ203+デハ202+クハ302   馬庭~吉井 昭和44年1月
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     こちらは2両編成のデハ202+クハ301
    発電制動無しの、Mc+Tc編成です。クハの床下がすっきりしています。
    どこか西武電車と足回りが似ています。時折雪の舞う寒い日でした。
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     クハ301.302は非貫通形でした。
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     当時の主力 デハ20系及び30系              馬庭~吉井
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     同じくデハニ31形を中間に入れた20系          馬庭~吉井
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     帰路は八高線より速く帰れる高崎線で帰宅したと思います。

            (ブログ内掲載の写真・記事等の転載はお断りします。)
by tetudankai5501 | 2012-03-05 00:05 | 上信電鉄 | Comments(4)
Commented by 池袋の小学生 at 2012-03-06 00:15 x
何時もお世話になっています。
昭和40年代前半の八高線は、まだ タブレットで運転されていましたね!
また。ポイントもスプリング式でした。 初めて八高線へ乗った時、スプリング式を知らず! 運転席で大声で『脱線するーー』と騒いだ思い出があります。 
それを聞いた機関手(当時の腕章は機関手でした)さんは知らぬ顔!
そのまま、無事に本線へ・・・
記憶では、<17+17><20>が基本的な運用と思います。
そんな・そんな浅はかな鉄道ファンでした。

これからも 懐かしい画像の掲載をお願いします。

Commented by 団塊鉄ちゃん at 2012-03-06 11:40 x
池袋の小学生様 いつもご覧頂き有難う御座います。
上信電鉄は近年、西武401・701・801・N101等の譲渡車が活躍し、車両面ではさながら西武
上信線の様相を呈していますね。確か高崎駅には元451の廃車体(TR25エアサス台車)
が雨ざらしになっていたと思いますが、どうなったでしょうか・・・。
 八高線はその後キハ30系が進出してきましたが、やはりロングシート車の長距離走行
は一寸辛いものがありました。川越線との共通運用なので致し方なかったのでしょうね。
 スプリングポイント懐かしいですね。最近は余り見かけなくなりましたが、少し前までは
単線区間の交換駅などで見掛けました。ポイントの跳ね返る音が好きでした。
 タブレット式閉塞装置、西武でも秩父線が開通する直前まで、吾野線には残っていました。
701系前期車の乗務員扉内側にはタブレット掛けのフックが有ったのを思い出しました。
Commented by つのすけ at 2012-03-11 20:31 x
コメントが遅くなってしまいました。
上信電鉄200形にこのような塗装時代があるとは知りませんでした。この写真の編成は東洋電機製造だったでしょうか。
西武の車輌と窓割りが同じかと思っていたら、乗務員扉の次に小窓がありませんね。
西武所沢で製造された増備車の窓割りはどうだったかのでしょうか。文献などでは「西武の車輌そっくりの側面」となっているので小窓があるのかと思いますが、いかがでしょうか。
Commented by 団塊鉄ちゃん at 2012-03-11 22:30 x
つのすけ様今晩は。ご覧頂き有難う御座います。
 上信電鉄200形最初の一次形は珍しい東洋電機製でMc+Tc編成2本と増結用
Mc1両の計5両です。側窓はそれまでの上信の例から1段上昇窓でした。
後年の第二次車は所沢工場が受注し、Mc+Tcの2編成が納められました。
側窓配置は西武411系と全く同様で、窓も2段完全上昇の西武流でした。車体形状
は張り上げ屋根タイプで西武423以降と全く同じ側面でした。
一次車・二次車共20m3扉のカルダン駆動車で、当時の地方鉄道では洗練された
スマートな車両だったと思います。後に西武譲渡車が活躍する事となったのも、この
所沢製の200形の功績だと思います。
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