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大宮機関区と川越線  

 


    大宮機関区昭和44年            (各写真はクリックで原寸となります)
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昭和40年代の中頃までは、大宮機関区には96とD51のSL2形式と試作DD90そして
DE10が在籍しておりました。
 96は13両、D51は7両、DD90が1両、そしてDE10が12両の陣容でした。
担当線区は、川越線、大宮構内入れ替え、八高線等が主な線区でした。
川越線の旅客列車は、昭和39年度から両運のキハ30系が投入され、追って片運のキハ
35系も配置されます。
昭和47年以降は八高線に千葉地区の同系車両が移籍しており、ステンレスの試作35系
の姿も見られました。これらの車両は川越線、八高線共通で使用されました。


    大宮機関区にて  DD90も見えます。   昭和44年
    4桁の96は、9684と9687の2両が在籍でした。
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    新製配置のキハ30形    大宮機関区   昭和44年
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    同じく片運のキハ35形     大宮機関区    昭和44年
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    川越線南古谷付近を行く貨物列車              昭和42年
    96が通り過ぎると、辺りは元の静寂に戻ります
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    同列車 現在車両基地の在る辺りでしょうか        昭和42年
    当時は、一面の畑で地平線が見える様な風景でした。
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    貨物列車には緩急車が無いと、どうにも締まりませんね。   同場所  昭和42年
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    キハ35形2連の大宮行き   南古谷    昭和42年
    暑いのでしょう 貫通路が開け放されています
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    こちらは両運単行のキハ30形   南古谷付近    昭和42年   
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  当時のんびりとしたローカル線で、西大宮駅は無く東京近郊で最も身近な非電化
  路線でした。 

            (ブログ内掲載の写真・記事等の転載はお断りします。)
 
by tetudankai5501 | 2012-03-07 00:58 | 国鉄時代 | Comments(4)
Commented by 池袋の小学生 at 2012-03-07 23:09 x
団塊の鉄ちゃん様
今宵も有難うございます。
高級外車の事は 解りませんが、大宮機関区のお話・画像有難う
ございます。
友人の母君・友人と 川越の丸広デパートの屋上で遊び、その後
大宮機関区を見学させて頂きました。 当時は、事務所で訪問の
の趣旨を書き込めば、自由に見学が出来ました。
確か、運用前のDE11(操車場用)が多数留置されていました。
国鉄の労働運動の激化の頃、 池袋の小学生は『直ぐに使えれば
良いのに』と思いました。
おまけ: 貨車に乗って遊んでいたら 怒られました! 

何時もの事ですが、ブログのお話・皆様のお話を楽しみにしています。
Commented by 団塊鉄ちゃん at 2012-03-08 13:37 x
池袋の小学生様 お早う御座います。いつもコメントを頂き嬉しいです。
 私も一時期狭山市に在住していた折に、川越の丸広には良く行きました。懐かしいです。
地方デパートとして孤軍奮闘しているようですね。所沢に西武デパートが出来たのは、後年
の事でした。
さて、当時の川越線は首都圏に有りながらローカル線の雰囲気が色濃く残っていました。
大宮を出て、日進・指扇・荒川を渡って南古谷と見渡す限りの田園地帯でした。
旅客列車は既にキハ30系に置き換えられていましたが、貨物列車は96の天下でした。
今の様に205系電車の10連など想像も出来ませんでした。
Commented by 風旅記 at 2015-07-30 12:14 x
こんにちは。
今では想像もつかない風景ですね。
実は先日、川越線や(表には出ない名前になってしまいましたが)赤羽線にはちゃんと乗ったことがなかったと思い立ち、カメラ片手に散歩を楽しんできたところでした。
埼京線やりんかい線から直通してきた新しい10両の通勤電車も、大宮を過ぎて単線に入れば少しは穏やかな雰囲気になりますが、沿線はまさにベッドタウンになり、お写真のような広々とした風景はありませんでした。
貫通路を開けて走る気動車、単行で田園を走る姿、往時には当たり前の景色だったのかもしれませんが、今となっては貴重なお写真ですね。
楽しませて頂きました。
今後とも、宜しくお願い致します。
風旅記: http://kazetabiki.blog41.fc2.com/?pc
Commented by tetudankai5501 at 2015-07-31 20:35
風旅記さま こんばんは
 大宮機関区から川越線の撮影は昭和44年の真夏でした。大宮を出発
した気動車は暫く本線と並行しますが、日進辺りを過ぎますと民家は微
かに点在するのみで見渡す限りの農地でした。荒川を越えても景色は変
わらずに川越市近郊までは典型的な単線のローカル線そのものでした。
腕木信号柱と国鉄名物ハエタタキ電信柱が今となっては大変懐かしく感じ
ます。
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