クハ1435+モハ376他 東村山~所沢 昭和37年 先頭はグロベンのクハですから、451系最後の新車クハ1451形のようです。 ![]() 1411形は昭和29年から同34年に亘って所沢工場で製造された20m半鋼製制御車で 同型の電動車を持たない形式でした。形態は国電モハ55系類似の正面貫通路を持つ 3扉車で運転室は西武の旧型様式通り左片隅に位置し、中央扉位置と右側窓位置は 解放式で横パイプの簡易な仕切りのみでした。 形態的には、最終番号で以下の様に分類されます。 ①1411~1430 20両 ②1431~1440 10両 ③1441~1450 10両 ①は昭和30年に旧木造車の鋼体化又は新製車として製造されたクハ20両ですが昭和 33年~34年にかけて、2代目501系の登場に伴って初代501系サハ20両の2代目501系 編入に伴い、その代替に初代501系(411→351系に改番)と編成を組みます。その内1411 ~1420、1425・1426がサハに改造されています。形態は正面貫通路が広幅で連結面は 切妻形が特徴です。 このグループは昭和44年以降モハ351系共々近代化改修工事を施工されます。内容は 屋根張替え、ガラベンからグロベンへの変更、アルミサッシの取替え、雨樋の鋼製細幅 化、CP・MGの付随車移設等で外観的にも変化が見られました。 ③も①に引き続き昭和31年以降同34年まで新製されたクハで形態的には①と同型です。 連結相手は昭和34年以降は初の両開き扉を採用した切妻新製車451系461~470と編成 されます。このグループも後年改修工事を施工されますが、外観的には雨樋の細幅化が 見られる程度でした。 ②は昭和27年~同29年に掛けて鋼体化とじて製造された初期グループ車で国電55系と 殆ど同形態に復旧されました。従って正面貫通路は狭幅であり、連結面も切妻では在りま せんでした。外観的にも当初は木製窓枠でした。 昭和34年以降、③のグループと同様に、新車451系451~460と編成を組みます。片や両開 片や片開のシール、ヘッダー付きのちぐはぐさは③と同様なのですが、こちらの方が初期型 で中にはリベット付きの車も有り(1432等)その差異が際立って見えました。 こちらも最終的に雨樋の鋼製細幅化を実施しています。尚451系と組む前は社型301形や 復旧車311系などと編成していました。更に後年451系と編成を解かれた車は、371系と編成 を組んでおりました。371系は国電モハ11400代ですので、釣り合いのとれた姿でありました。 (以下車番は撮影当時の番号を記載) サハ1411形1414 更新後 小手指区 昭和43年 (各写真はクリックで原寸となります) ![]() 同353F 354+1414+1413+353 小手指区 昭和43年 ![]() 初代501系の421系と組む1411形 1428+427・1424+423 保谷付近 昭和38年 ![]() クハ1411を間に挟んだ421系 423+1424・1423+424 練馬 昭和36年 ![]() 451系と組む1411形 1469+470他 東村山~所沢 昭和37年 ![]() 同じく1449+470 萩山 昭和41年 ![]() 同じく1455+456 東村山 昭和37年 ![]() 同じく1442+461 上石神井区 昭和42年 ![]() 同じく1460+459 青梅橋 昭和37年 ![]() 赤電塗装になった459+1460 所沢 昭和37年 ![]() 454編成解除後、374と組んだ1433 小手指区 昭和43年 CP,MGはモハに戻されたようです。 ![]() 同上374+1433 小手指区 昭和43年 ![]() 453編成解除後、373と組んだ1434 上石神井区 昭和43年 ![]() 尚、これ等のグループ以前に初代1411形として、焼け電モハ40・60系復旧車の1411~1413 、1401・1402(初代),1404が有りましたが、1404以外いずれも西武には短期在籍の後伊豆箱根 に移籍します。1404は西武に永く残り昭和47年まで1432として使用されました。 西武1411(初代)→伊豆箱根クハ72 (昭和27年) 西武1412(初代)→伊豆箱根クハ73 (昭和27年) 西武1413(初代)→伊豆箱根クハ74 (昭和29年) 西武1401(初代)→伊豆箱根クハ75 (昭和31年) 西武1402(初代)→伊豆箱根クハ76 (昭和31年) 西武1404 →西武クハ1452→クハ1432 伊豆箱根74 大場 昭和44年 ![]() 伊豆箱根76 西武の1432とは兄弟車でした。 大場 昭和44年 ![]() 1411編成 (昭和39年~) 351+1411+1412+352 353+1413+1414+354 355+1415+1416+356 357+1417+1418+358 359+1419+1420+360 361+1422、1421+362 363+1424、1423+364 365+1425+1426+366 367+1428、1427+368 369+1430、1429+370 451+1432、1431+452、453+1434、1433+454、455+1436 451+1452、1451+452、453+1454、1453+454、455+1456 1435+456、457+1438、1437+458、459+1440、1439+460 1455+456、457+1458、1457+458、459+1460、1459+460 ← 461+1442、1441+462、463+1444、1443+464、465+1446 461+1462、1461+462、463+1464、1463+464、465+1466 1445+466、467+1448、1447+468、469+1450、1449+470 1465+466、467+1468、1467+468、469+1470、1469+470 参考:西武初代501形 :西武451形 参考写真 クモハ371運転室次位の窓幅の差異 上373 下377です。 ![]()
by tetudankai5501
| 2012-05-25 01:06
| 西武鉄道
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Comments(34)
ご無沙汰してしまいました。
相方の電動車を持たない制御車として登場ですが、戦災復旧・鋼体名義・新製車、更に電装改造も無く、どの様な目的で新製されたのでしょうか? 不思議ですね~?また、伊豆箱根への移籍もご同様です。 狭窓は新宿線専門の様な気がします。
1411形のたくさんの画像、懐かしく見させていただきました。
昭和40年代初期、当時の『玉川上水・多摩湖』は殆どが2+2編成でしたので、お馴染みの顔でした。451とのアンバランス編成が当たり前のように感じられました。 両数があるだけに、ドアもプレスのあるもの、無いもの、ドアのガラスが2分割だった頃もあったんですね。 まだ17m車が大量にあった時代に復旧車5両が駿豆鉄道に譲渡されたのも不思議です。伊豆箱根クハ76は西武1430台とそっくりでしたね。 451、製造当初は尾灯が取付式でしたが、高田馬場-下落合間の急カーブ対策で、取付位置をずらしていたのもユニークです。奇数車は随分内寄りですね。その後尾灯の埋込が行われましたが… 451と1411の編成は、やはり扱いにも問題があったようで、徹底した更新も行われなかったようですが、もしこれが351と組んでいた1411と同様に屋根が修繕されたり、ベンチレーターが交換されていたらまた違ったイメージが見られたでしょう。 新宿線の朝の急行が8連化された頃、中間に701系を挟み2連が前後に連結されていました。(確か上石神井で下り方に2両増結)先頭が1411だったことが多かったような記憶が…
いつも貴重な画像をありがとうございます。
1411形は私にとっては新宿線で451形と連結しているチグハグ編成が一番印象が強いです。371形と連結していたのは初めて見ました。 私は狭幅貫通扉の②のグループが好きです。
池袋の小学生さま 今晩は。
1411形は昭和30年代前半もっとも普通に見られた形式でした。当時の日中の 各停は311+1411が2両編成で活躍していました。台車は全てTR11だったのですが 木製床とのマッチングが良かったのか不思議にソフトな乗り心地だったと記憶して います。しかしこの形態で昭和34年まで造られたのは一寸驚きですね。 初期車が駿豆へ転出したのは、当時の西武は20m車を持て余していたのでは ないかと思います。
1005-1006-2003様 今晩は。
1411形と言うと地味な車両というイメージです。池袋線は421+1421の2両編成、 新宿線は451+1431もしくは1441と決まっていました。これは長い期間変わることは 有りませんでした。411の4両編成411~420は都度両線を往き来していたと思います。 最初に451系を新車で見た時、クハが1411だったのには驚きました。1431形等は リベットが残っていた車も存在しましたし、何より両者のアンバランスさが際立って いました。 テールライトの間隔と言えば、初代401系も奇数・偶数で差異が有りました。451 系よりも先輩ですね。 当時の駿豆鉄道に譲渡された国電60系復旧車は原形の面影を良く残していましたが、 西武に残っていたら面白かっただろうと考えてしまいます。
つのすけ様 今晩は。
1431形が371系と編成を組むようになったのは、451系が一連の編成換えを行った 後ですが、編成美として見た場合この組み合わせがベストだったと思います。 晩年は、この組み合わせで池袋線配置も有りました。 貫通路の狭い②のタイプ、若し茶色一色塗りにしたら、国電クハ55系と見分けが 付きませんね。昔の西武は国電ライクな車両達ばかりでした。
貴重なお話、そして記録をありがとうございます、vasutfanです。
1411系、地味ながらも311系列とともに西武鉄道飛躍の、縁の下の力持ち的印象があります。 同形式、私も乗り心地がそんなに悪かった印象がありません。 ただ、木張りの床、半室運転台、片開きドア、ガラベン、シル・ヘッダとあまりにも装備が前近代的なものですから、先入観で損していたようです。 自分が少年のころ、1411に代わって451と組んだ1651のほうがよほど乗り心地が悪く、制動時の騒音もひどかった印象があります。 451と相性が悪かったのでしょうか? 伊豆箱根に行った74、ノーシル・ノーヘッダ、張り上げ屋根の美しい姿を記録されておりますね。 私も西武に残っていたらおもしろかったと思いますが、子会社である伊豆箱根の、当時の車両不足解消対策で譲渡したのではないでしょうか? それから1411で思い出すのは、鉄でない当時の高校の友人が、今日の先頭車はおじいさんみたいな顔の電車だったとよく言っておりました、まあわからなくもないですね。
貴重な写真の数々をありがとうございます。
②は残念ながら意識して見た記憶がありませんが、昭和46~7年頃に、1411風の車両を背中合わせにした2連が付いた編成が走っているのを見た記憶があります。 いつもは前後どちらかに丸っこい351が付いているはずなのに、今日は古いやつだ、ということで記憶しています。 前後の車両とも黒いヘッドライトが屋根にそびえてました。 もしかして、②の371+1411だったかもしれませんね。
vasutfanさま ご覧頂きありがとう御座います。
「おじいさんみたいな顔の電車」とは言い得て妙ですね。昭和34年まで製造された車両としては 非常に古典的でした。東武7800系等も良く引き合いに出されますが、本形式の方が遥かに古風 に見えました。私が幼い頃は昼間の各駅停車の多くは、311+1411の2連でした。1411に乗ると 押されるか、牽かれるかいずれにしても静かで良い乗心地でした。451系や更新後の351系と連結 した車両はCPやMGが付いて煩かった印象が有ります。 西武で乗り心地最悪だったのは、451系だったと思います。全鋼の軽量車体とDT10の組み合わせは ひどい振動と騒音、それに硬いバネで緩衝装置の無いトロッコ然としていました。不思議に同じTR11 なのにサハ1471形も非常に硬い乗り心地でした。今は全車エアサスでロングレール、隔世の感が有り ます。
清68様 何時もありがとう御座います。
池袋線の1411と言えば、421(361)系とのコンビが定番でした。ラッシュ時は2両に分割して増結 用に、昼間はクハ中背合わせの4連として使用されていました。 御覧になられた編成は時期的に恐らく371+1411なのではないかと思います。池袋線にも数本配置され ておりましたから。
既にコメントで紹介されていますが、1411形の乗り心地は本当に良かったですね。ご指摘のように、木製床板との相性でしょうか。同様な木製床板の東武7300・7800系はあまりのり心地が良くなかった記憶しています。
西武の保線技術は誇れるものだ、と聞いたことがあります。 PC枕木・ロングレール区間では、エアサスのように滑らかな乗り心地でした。
つのすけ様 何時もコメントありがとう御座います。
同じと思われるTR-11ですが、車種によって随分乗り心地が違いましたね。 多分に感覚的な印象ですが、良好な順に、1411、1601・1701、1501、そして1471でした。 特に1471形で最初にコロ軸受けとなった1483辺りは最悪で、頭の先まで振動が伝わって 来ました。ジョイントを刻む度に車体全体が震えていました。同じ台車なのに謎です。 1311形などのTR-10は少し速度を上げると上下振動が激しくなりました。
いや~盛り上がってますね
私も1411はその個性ゆえに強烈に覚えています。 数ある西武赤電の中でもトップスター的な存在でしょうね。 乗り心地を左右する要素として、車体の強度(剛性)や重量が大いに関係すると思います。また床構造もどれだけ遮音性や防振能力があるか、という点があります。 台車の性能(特にバネ定数や減衰力)・機構、バネ下重量も関連しますね。バネの傷みによる「へたり具合」の差も個性といえます。 1411は旧式であるがゆえに台枠が強く、床構造や重量的なバランスなどが旧式のTR11と良くマッチしていたのでしょう。 東武の73・78は良くバウンドしたのを思い出しますが、保線状態の違いとコイルばねではああなります。 イコライザー台車は線路状態が悪くても乗り心地が悪化しない原理ですが、そのことを差し引いても保線技術は大変優秀だったと言えます。 1311など全長(台車中心間)が短いと、速度によってピッチングが出てきてレールのジョイント周期と共振が始まると縦揺れになるのでしょう。 ちょっと小難しい話ですみません。
ホビぽっぽ様 いつもコメントありがとう御座います。
1411形はホビぽっぽ様が仰るように、或る意味最も西武らしい電車かも知れませんね。 国鉄の図面のまま長く作り続けた半鋼製車。CS系の制御方式ならどの電動車でも編成 が可能、20m車体の大きな収容力、床下機器はブレーキ装置だけなどがその所以でしょう。 この構造で最終製造車は二代目501系全鋼製車と並行して作られた車もあり、一寸驚き です。台車とのマッチングは基本設計が古い分バランスが取れていたのかも知れません。 1311形は晩年ATSを取り付けた車は、片やTR-11片やTR-10といった車も有りましたね。
こんにちは。
クハ1411形、自分の乗った赤電のなかでは最も重みのある、また古い車両でした。クハ1411+クモハ451=501系の6連の西武新宿行きが入線してきて、501を裏切り(新宿線では珍しいのに)先頭のクハ1411のポール前まで駈けていって、乗った思いでもあります。 新宿線では昭和56年3月まで残り、池袋線でも451+1411のペアが晩年配置され、どちらもとても記憶に残っています。 ところでクハ1451(のちの1471)が6両誕生し、1431~1436が371系と編成を組みなおしたときは、いわゆる西武独特の371+1432のように1と2、2と1が対になる編成ではなくバラバラだったという説もありますが、いかがだったのでしょうか・・・?いつも偏った質問で申し訳ございません。
クハ1150様 ご覧頂き有難う御座います。
クモハ451+クハ1411の最晩年はもう沿線を離れてしまい知らないのですが、501系が新宿線に 451+1411が池袋線にも配置されたのですか?。1411の運転室横はかぶりつき特等席でしたね。 311などもそうでしたが、特に1411広窓車は人気がありました。但し朝のラッシュ時は敬遠しま したが・・。 それからクハ1451~1456出場後の1431~1436と371系の連結は原則どおり奇数、遇数ペアで 有ったの思います。全部は把握しておりませんが、374+1433、1434+373は確認しております。 ただ401形401の最終連結相手の1431は例外で、方転しただけで番号は奇数のままだったと思 います。
さすが1411、話が尽きないですね。
晩年の1981年には465-1446が池袋線に居たと思います。 新宿線は1449-470だったでしょうか。 501系は、最末期は新宿線には501番が居ました。池袋線の511,513,525が西武球場前で休車となった1979年秋から1980年3月にかけ、唯一稼働の501系として孤高の存在でした。 1471の振動は、パイプ組み合わせの網棚の共鳴が輪をかけていたのかと思います。
清68様 今晩は
皆様が1411形について、これほど思い入れが深かったのかと改めて感じております。 451系の465+1446は最後池袋線に居たのですね。私は池袋線での451+1411形の 編成は、遠足臨以外見た事は有りませんでした。丁度351形の晩年に2両編成が新宿線を走った ことと表裏の関係かも知れません。 501系も最後は新宿線を走ったのですね。それまでは臨時以外に入ったことは無かったと思い ます。最後のお別れ運転というところですか。 サハ1471のパイプ網棚共振が激しかったですね。初期の451系の車端部の吊りパイプは3箇所 支持でしたが、4両固定からは2本支持となりいっそう振動が激しくなっていたのを思い出しました。
団塊鉄ちゃん様、清68様、ご教授ありがとうございました。
池袋線の451+1411の編成は昭和53・4年くらいに、また501系の新宿線は昭和50年の10両運転開始の時に移動があったようです。 鉄パイプだけで仕切られた乗務員室、子供には最高でしたが乗務員さんたちには環境が悪かったことと思います。
クハ1150様 今晩は
パイプ仕切りの片隅式乗務員室、さぞ狭かったでしょうね。その分客室からの見通しは 最高でした。特に右側二人掛けのシートは特等席でした。記憶が曖昧なのですが、371形 では片隅式では無い車も有ったような気がします。
団塊てっちゃん様、クハ1150様、おはようございます。
451+1411、言われてみれば、昭和54年11月頃には465-1446はまだ新宿線に居ました。池袋線はごく短期間だったのですね。 501系は50年ですか。こちらも晩年の一時期だったのですね。 教えていただきありがとうございます。 片隅式運転台は独特な風情でしたね。 ひとつ謎ですが、昭和55年以降の大型種別板をどこに置いてあったのかご存じないでしょうか。全室運転台の場合は客室との仕切り扉の裏側の種別板受けに6枚入れてありました。1411にも室内との仕切り扉があり、その運転室側に同様に入れてあったのだろうと推察しますが、運転士さんの足元であり、あの狭いスペースがさらに狭くなって、どうしていたのだろうかと思っています。
清68様 お世話になります。
451の終焉の頃は事情が解からないのですが、池袋線では6連口が最後の451系だったと 思っておりました。 大型種別板の保管位置については其の時期、沿線を離れてしまったので判りませんが、 1411形に限りませんが、窓下に方向幕を吊り下げた後、在来車の前面展望が悪くなって しまい、種別板吊り下げで更に視界が悪くなりましたね。
団塊鉄ちゃん様
こんばんは。 池袋線の451はおっしゃる通り6連が最後のようです。昭和58年3月25日に475の6連が廃車で終了と記憶しています。1411はそれより早く昭和57年には引退してたと思います。 窓に取り付けた方向幕は視界を遮りましたね。座席に座って何とか前が見える状態でした。 赤電に乗れるだけで喜んでしまっていたので、苦になる話ではありませんでしたが…。
まだまだ話題が尽きませんね
1411の片隅運転室で添乗指導の場面に出くわしたことがありました。 指導員は仕切りパイプのところに会議室で使うような折りたたみのパイプ椅子を出して、運転室の室内側の扉を開けた状態で信号換呼を復唱していました。 夜だったのでもともと暗い前照灯が室内灯の影響を受けて、さらに運転しにくかったことでしょう。 >371形で片隅式ではない モハ50への鋼体化の年次で全室式があって、西武に来たうちの一部に含まれていました。 番号は詳しく分かりませんが、模型を作るときに窓配置をいじる必要があったことから間違いなく存在したはずです。
清68様 今晩は
クモハ475(製造時元番481)はワイパー取り付け部Hゴムが直線状となっていたので直ぐに 判別できました。 行き先表示で思い出しましたが、車外の行き先板の取替えは、終着駅等に常備の行き先 板格納箱から駅員さんが取り替えていましたが、車内の方向幕の廻しは乗務員の仕事 だったですね。
ホビぽっぽ様 今晩は
1411とは少し話題が逸れますが、371形の写真を見て気付いたのですが、前面右側 乗務員扉次位の窓の大きさが大小2種類あるのですね。 窓の大きなタイプが371,373,379で他は狭いタイプのようです。恐らく前者が片隅式 運転室でその他は全室タイプなのではないかと想像します。違っていたらすみません。 参考写真追加しておきます。
クハ1150 様
先日の371と1431形の編成の件ですが、番号が判りましたので記載しておきます。 371+1436、1435+372、373+1434、1433+374、375+1432、1431+376、 377+1334、379+1336、(378は欠番)
団塊鉄ちゃん様
371系との編成の件、お調べくださり誠にありがとうございました。 クモハ455が相手を失った関係で、このうちクハ1434のみが奇跡的に生き残り、残りのほとんどは多摩湖線3連化の影響で1431形は廃車になり、さらに451系と組んでいた1437~1440もクハ1651形に置き換えられましたね。いつもありがとうございます。 清68様 クハ1411形の大型種別板の置き場所、自分もわかりません(笑) やはり仕切り扉の内側あたりしか思い当たらないですね。 1443+464,465+1446は1980年3月改正で小手指に移動だと思います。逆に501,503.505,509,511編成は1975年6月改正で新宿線に移動と思われます。
>団塊鉄ちゃん様
371の写真、恐縮です おっしゃる通り、助手側の窓が大きいのが片隅式(国鉄では「半室」とも呼んでいたと思います)窓が小さいのが全室式です。 全室式の場合左右側面の窓位置は対称ですが、片隅式の場合運転台の側面は小窓が乗務員扉側に寄っていて、これは乗務員室の窓になっています。 横幅がない分を奥行でカバーしているようですが、いずれにしても狭い空間です。いまどきのE231あたりから比べると信じられないぐらいですが、むしろ操作するものすべてに手が届くのが良かったかもしれません。 いろいろ理由はあるにせよ、現代のJR東の乗務員室は無駄に広すぎるような気がします。
ホビぽっぽ様 今晩は。1411形特に1431形はその変遷の複雑さも有って興味が尽きませんね。
運転室の広さで思い出したのですが、451形は全室タイプでしたが奥行きが狭く、種々問題が有った ようでした。411形からは運転室次位の窓が701と同様に狭くなり、その分運転室奥行きが広くなって 改良されていました。
1411の種別板の保管場所ですが、仕切ドアの内側の足元位置でした。かなり低い位置にあったのを記憶しています。たまに扉が開いているときによく見えました。
よしかず様コメント有難うございます。
1411形の種別板保管位置ご教示有難うございます。片隅運転台の311形 等も同じ位置だったのでしょうね。末期はATSや列車選別装置等取り付けであの 狭い運転席が余計狭くなっていました。 余談ですが、行き先方向板差し替えは駅員の仕事だったと思いますが、方向幕回しは乗務員の仕事 で旧型車も窓下方向幕取り付けはその辺の事情が有ったのだろうと思います。しかし 701系以前の旧型車の方向板差しが撤去された時は何か間の抜けた感じがしたもの でした。
クハ1411でびっくりしたのは、501系が1980年3月で全車廃車になった後クモハ451とともに5月ですか椎名町あたりの写真で生き残っていたのですね。クハ1411先頭、現在のクハ2001の編成に何か似ているように思えます。もっとも池袋線から2000も消えましたが。1421~1424、1427~1430の更新車、とてもうまく改良しましたね。たしか7個の首振りファンも取り付けられたと思います。親しみがある型式で、後ろパンタのモハ化も空想しましたが、現実にはあり得ませんでした。またこの更新車の前面雨樋は木製のカーブを基本に鋼製でわざわざ作っていましたね。所沢工場の意地が感じられました。
> 練馬のさかいさんさん
コメント有難うございます。 多種有る1411形のうち351形と組んだ1411~1430は351形と共に昭和43年以降に更新が 行われ同型の中では多少近代的な外観になりましたね。 雨どいの鋼製化は他にも及びましたが、グロベン化されたのはこのグループだけでした。 当時の情勢から501系もグロベン化されるのかと思いましたがそれは見送られました。 木製床の1411形は同じTR-11を履いた全鋼製の1471形等に較べ何故か静かで乗り心地 も良かった記憶ですが気のせいだったのでしょうか?。 余談ですが当時の所工の車両製造技術は素晴らしく、特急5000系の所沢製増備車など 日立製作所製の一次車と較べても全く遜色在りませんでした。
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