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西武371形



今回は再び昔の西武電車です。
西武371形は、昭和34年から国鉄モハ11400番台の払い下げを受けて導入された17m級3扉車
で、合計13両が昭和40年までに入線しています。同時期に異端車クモハ14100も払い下げを受
けていますが、こちらは身延線用の2扉クロスシート車で1両だけの入線で相棒は居ませんでした。
昭和34年と言えば、 501形二代目の製造が終わり、国電101系を意識した初の両開扉切妻新車
451形の製造が始まった時期でした。更に昭和36年からは最後の吊り掛車 551形の製造が始まります。
(最終的な吊り掛新車は、701形と並行増備の411形ですが)
西武のカルダン車の投入は、他の大手私鉄に大幅に遅れて昭和37年登場の 601形からですが、
551形の車体にモハだけ新型台車を履いた何とも寂しい新性能車でした。続く 701形は昭和38年
から製造が始まり、毎月の様に新車が出場し、結局192両の大所帯となります。この様な時代背景
に旧国電17m吊り掛け車を導入したのは、高度成長期の乗客急増に対処するには新造車だけでは
未だ車両数が不足していた為ですが、吊り掛けセミ新車の終盤間際には国鉄形標準部品「CS5型
制御装置、DT10台車、MT15等の主電動機、AK3CP等」が底を着き、旧型車からの機器のたらい回
しも覚束なくなって来た事が背景に存在しました。此処に来て思い腰を上げてカルダン車導入という
結果に至ったのだと思います。
さてその371形ですが、形態的には先輩格の311形と似ていますが、311形が主として戦災復旧車や
鋼体化改造車等であったのに対し、現役の国電廃車の譲り受けで殆ど所沢工場で改造することなく
国鉄時代のままで使用されました。後の改良は窓枠のアルミサッシュ化程度でシートも国鉄時代の
硬いロングシートにモケットのみエンジ色の西武仕様でした。
又払い下げは全て電動車で有ったのですが、上記の理由から13両中5両が電装解除され新造車等に
電装品を供出することとなります。
 371形はその導入経緯から、311形のように統一された外観ではなく、各車国鉄時代の外観のまま
使用されましたので、個々の車両で形態が異なっていて趣味的には興味深いものがありました。
ただ、その使用期間は入線が遅かった分、時代背景に着いて行けず多摩湖線用3連のサハとして
残った1336以外は昭和51年までに廃車となっております。


クモハ377+クハ1304 玉川上水行    萩山   昭和42年8月
(各写真はクリックで原寸となります
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クモハ374+クハ1433・551系     秋津~所沢    昭和44年12月
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クモハ374+クハ1433    小手指     昭和43年12月
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クハ1334+クモハ377  クハ台車はATS取付時先頭だけTR11になりました。小手指 昭和43年12月
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クモハ373    上石神井   昭和43年12月
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クモハ374    小手指    昭和43年12月
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クモハ374  下落合       昭和43年
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クモハ377+クハ1334   小手指     昭和43年
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クモハ377(登場時)    所沢   昭和36年   (H氏撮影)
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クモハ377          小手指   昭和43年
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クハ1336+モハ335  萩山   昭和37年
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クハ1331+モハ332  萩山   昭和38年
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車番の変遷
モハ371(S34年・広鉄11421、グロベン、半室運転台)→(S51廃車・大井川鉄道クハ511)   
モハ372(S35年・広鉄11439、グロベン、クハ1332)→(S47年廃車)
モハ373(S35年・広鉄11411、ガラベン2列、半室運転台)→(S46年廃車)
モハ374(S35年・東鉄11430、ガラベン2列、クハ1334)→(S47年廃車)
モハ375(S35年・中鉄11493、グロベン、クハ1331)→(S47年廃車)
モハ376(S35年・東鉄11424、グロベン)→(S39年モハ374(二代目))→(S51廃車・大井川鉄道モハ311)
モハ377(S35年・中鉄11423、グロベン)→(S47廃車)
モハ378(S35年・東鉄11446、グロベン、クハ1336)→(S49年サハ1336)→ (H2年廃車)  
モハ379(S35年・東鉄11465、ガラベン2列)→(S36年クハ1333)→(S48年廃車)  張り上げ屋根
モハ380(S35年・東鉄11458、グロベン)→(S39年モハ372(二代目))→(S46年廃車) 元張り上げ屋根
モハ381(S36年・仙台11435、グロベン)→(S39年モハ375(二代目))→(S51廃車・栗原C171)
モハ382(S37年・岡鉄11477、グロベン)→(S39年モハ376(二代目))→(S51廃車・栗原M171)
モハ379(S40年・東鉄11407、グロベン、半室運転台、二代目)→(S48年廃車)

備考(多摩湖線用3両編成)
371+1314+374
375+1313+376
355+1336+356(両端湘南形)

編成
編成は1311,1301,1411,1211、1471等多岐に亘るのと、編成替が頻繁だったので
把握しきれておりません。

参考資料:鉄道ピクトリアルバックナンバー
数値など間違えが有ればご容赦下さい。

            (ブログ内掲載写真・記事の転載及び現業問合せ等はご遠慮下さい。)

お知らせ                          
113系P+P編成とP-04編成稼動開始に写真追加しました。
115系40N車に写真追加しました。
by tetudankai5501 | 2012-06-07 00:51 | 西武鉄道 | Comments(4)
Commented by 1005-1006-2003 at 2012-06-07 19:42 x
371形の誕生は輸送力増強による、池袋線の10連化、新宿線の8連化には必要だったのでしょう。時期的に国鉄の17m車の整理の時期に合ったようですね。東京だけでなく、各地から集められたのも興味深いです。国鉄は工場によって更新などにも個性がありますから。
国鉄時代と変わったのは、塗装以外では運行番号表示器が無くなったくらいで、運転台上のルーバーも残っていて国電マニアにも人気でした。
残念ながら、私には新宿線ではあまりはっきり記憶が無いのですが。一度池袋の長いホームの端に、狭山湖急行の2連が留まっていたのを覚えています。
下落合のイメージは懐かしいです。昭和43年頃はまだ丸枠の田無行き先板使っていたんですね。
Commented by つのすけ at 2012-06-07 20:36 x
私が西武線に興味を持ち、カメラを向け始めた頃にはすでに311系は引退しており、国電タイプでは多摩湖線に残る371系だけが唯一の形式でした。「省電」らしい無骨ですがまとまったスタイルの電車でした。張り上げ屋根車も見たことがなく、模型で見るしかありません。
古い車輌でしたが、西武で廃車後、大井川と栗原に譲渡されたのには驚きました。
Commented by 団塊鉄ちゃん at 2012-06-07 23:28 x
1005-1006-2003様 お世話になります。
371形は言わば緊急増備的な意味合いで17m車国電の払い下げを受けたので、
車体内外に余り手を掛けずに国電のままという感じの電車でした。
室内はニス塗りからペンキ仕上げになった位で、座席も硬いまま、311系に付いていた
ファンデリアは勿論、扇風機も無かったと思います。照明は蛍光灯になっていました。
昭和36~37年の一時期、新車サハ1471形2両を371系で挟んだ編成が2本ありました。
昭和37年にはそのサハを社型301系に譲って再び2両編成に戻りました。
501系の2M4Tが出現したのも昭和37年で、この年の新車は年末に601系が登場するまで
サハばかり製造していました。それほど旧型の電装品が枯渇していたという事の証でも
あります。
Commented by 団塊鉄ちゃん at 2012-06-07 23:30 x
つのすけ様 いつも有難うございます。
昭和37年頃から同40年代の萩山は多摩湖・玉川上水行きの分割・併合で2両編成の311、
371、451、411系などが数多く運行されていました。371形や1331形は国鉄払い下げから
日が浅く、311形とは似て非なる車で国電好きには人気のある車両でした。また当時は未だ
珍しかった電気連結器をいち早く導入して分割・併合の作業の手間を省力化していました。
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