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西武311形 その2

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311形その1では50系タイプのモハ311から330とクハ1311から1330でしたので、今回はいわゆる31系と
30系復旧車のモハ331から340とクハ1305から1308及びクハ1301から1304をとりあげました。
30系31系列は省線電車最初の鋼製車ですが、共に側面窓間中柱が太く、狭窓配列です。30系は腰位置
が高く窓の天地高さが31系に較べ小さくなっていました。
西武では復旧当初は旧西武カラーで窓廻り黄色、腰下茶色で、車内はベージュ系塗りつぶし、後年は20W
直流蛍光灯、ファンデリアの取り付けなど西武流の改良が施され国鉄同系列よりも明るい室内でしたが、側
窓は幅狭の為アルミサッシュ化は見送られました。
足回りも当初はTR14・22・25を履いていましたが、TR22・25は後の新車に取られた為に全てTR14になって
います。
編成はモハは1311形、社型1221形、クハは311形、371形、それに社型の301形や1両一形式の352と組ん
だ車輌もありました。
淘汰は昭和42年から始まり、同47年に全廃されています。譲渡はこの系列では有りませんでした。
改造は335がクモニ3に、338がクモニ4にそれぞれ昭和42年に荷電化されています。


                          (各写真はクリックで原寸となります)
モハは全て31系列です。こちらのクハは30系列です。クモハ336+クハ1301  小手指区  昭和41年
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モハ331 クハは元371形の1332です。   所沢駅  昭和36年  (H氏撮影)
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上と同じ編成です。331+1332 玉川上水発西武新宿行き   萩山    昭和37年
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こちらもクハ1331形と組むモハ337、先頭は451系です。  新所沢~入曽   昭和42年
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元30系列クハ1301 クモハは336です。  上石神井区  昭和40年 (H氏撮影)
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元31系列クハ1308 クモハは325です。  小手指区   昭和43年 (H氏撮影)
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元30系列クハ1304 クモハは377です。  上石神井区
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こちらも元30系列クハ1302 クモハは335です。   小手指区   昭和41年
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モハ340(右)、クハ1336(左)    上石神井区   昭和36年
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西武園線の1304+377・1326+325  昭和37年
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当時唯一クロスシート車のモハ352(252)と組むクハ1303   東久留米~清瀬  昭和38年
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クモハ338改造のクモニ4   小手指区
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夕暮れの小手指に佇むクハ1301+クモハ336   昭和41年
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武蔵野社形301形と省線復旧車クハ1301形とは縁が深く、昭和29年以降、32年まで301+1302・1301+302、303+1304・1303+304で編成を組みます。この時の301形はHL制御です。
昭和32年以降、一時期1301~1304は電装して初代モハ251形となりますが長続きせず、2年後には元のクハに戻っています。一方301形は昭和32年から34年までクハ1431形と組みますが、451の登場によりこ
れも解消、301形のCS5化と同時に再び1301~1304と編成します。写真の状態がこの時のものです。
余談ですが、この編成も長続きせず、昭和36年301形は新車、1489~1492と4両固定編成を組むこととなります。
写真は301+1302+311系の4連  昭和36年
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           (ブログ内掲載写真・記事の転載及び現業問合せ等はご遠慮下さい。)


補遺  こちらは所沢工場が京急400の廃車体を他に転売する目的で購入し、暫く小手指の片隅に
留置していた姿です。
後に流山1101、伊予鉄121~123、421、弘南108型等に生まれ変わります。この時この場所には
仮番1,2,7の3両が置かれていました。(再掲です)  昭和41年8月  小手指にて
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関連記事です。
西武301形
西武311形その1
by tetudankai5501 | 2012-07-04 00:58 | 西武鉄道 | Comments(9)
Commented by 池袋の小学生 at 2012-07-04 15:53 x
ついに クモハ330~の登場ですね! 乗車の機会が少なかったと思います。
クハ1308に乗った際に、床板が壊れていて 線路が見えていました。(40年代前半の池袋線)
また、クモハ352とのコンビで 急行狭山湖の運用は カッコよかったです。 このグループにもかなりの秘話がありそうです。
Commented by 団塊鉄ちゃん at 2012-07-04 19:40 x
池袋の小学生さま 今晩は。
331形は311系の中にあっても、旧30系31系と種車が最も初期の省線鋼製車でしたので、
窓も狭く、リベットだらけの車体と相俟って、終始地味な存在だったと思います。当時山手線
にも同型のクモハ11やモハ10形がおりました。西武の方が車内のペンキ塗り、早くからの蛍光灯
、ファンデリア取り付けなどで明るい感じだったのが印象に残っています。
Commented by 1005-1006-2003 at 2012-07-05 20:50 x
旧30・31系、残念ながらあまり記憶がありません。南武支線で見たくらいでしょうか。窓の天地方向が狭く、リベットのごつごつした姿はやはり時代を感じますね。
所沢で整備された311・321番台や国鉄で更新された371系とはやはり随分見劣りがし、早めに廃車となったようです。
クモニ3,4のスマートさには驚きました。窓間の柱に面影が残っていましたが。
電装されたり、電装解除されたり、当時は複雑な改造も実施されていたんですね。いつも貴重な画像や当時の状況などをありがとうございます。
Commented by 団塊鉄ちゃん at 2012-07-05 21:31 x
1005-1006-2003さま いつも有難うございます。
旧30系は省線最初の鋼製電車で、当初は屋根がダブルルーフでした。がしかし制御装置は後の
標準となるCS5を採用、CPもAK3型、台車はTR14、TR22、主電動機もMT15といわゆる省線
標準部品を既に用いていました。
吊り掛け時代の西武の電車は正しく、最初の省線鋼製電車の足回りそのものでした。これが551系
や冷改前の411系まで延々と続いた訳ですから、さすがに驚きます。
クモニ3・4はヘッダー、シールが無くなりリベットの無い平滑な車体となって手間を掛けた改造を実施
していました。
Commented by つのすけ at 2012-07-05 21:43 x
私もこのグループは西武では見たことがありません。窓の天地寸法が小さく、腰板が高めで、古い印象ですね。
小手指留置の奥の車輌は小田急線?井の頭線?でしょうか?
Commented by 団塊鉄ちゃん at 2012-07-05 22:30 x
つのすけ様 今晩は
331形は311や371形に較リベットが多く、狭窓で特に1301~1304は腰高で厳ついスタイルでした。
371系の1336が351形に挟まれて昭和50年代まで生き延びたのに比べ一足先に引退しました。
小手指の隅に居る車輌は元京急の400型です。所沢工場が廃車体を買って手を加え、地方私鉄に
送り込みました。送り込み先は流山電鉄1101、伊予鉄121~123、421、弘南108型などでした。
全部で7両購入したようですが、昭和41年8月当時小手指には3両が貨車(チを台車代わりにして
いました)に載せられて留置してありました。流山の1101は一見新車と見紛うばかりのスマートな
車体となって当時主力で活躍しました。
以前田駄様の西武保管箱に投稿したものと同じ写真ですが、再掲いたします。
Commented by クハ1150 at 2012-07-06 11:20 x
こんにちは、お久しぶりです。
夕暮れの小手指に佇むクハ1301+クモハ336、開発中の小手指検車区がとても広くて何もない、遠くまで来たんだな・・・という印象を与えます。武蔵野の雰囲気盛りだくさんのお写真、いつもありがとうございます。
自分もモハ31形は南武支線でしか知りませんが、大川支線のクモハ12も同じ車両ですね!
311系331番台の車両たち、戦災復旧とはいえ昔の車両は相当丈夫にできていたんだなぁと思いました。 50系に比べても車令も古くスマートさはなくとも無骨なたくましさを感じます。
いつも丁寧なコメントで編成相手も教えてくださるなど頭が下がります。ありがとうございます!
Commented by つのすけ at 2012-07-06 20:33 x
団塊鉄ちゃん様、お写真ありがとうございます。
京急でしたか。流山の1101と弘南の108は見たことがあります。窓が大きくて明るい感じの電車でした。
Commented by tetudankai5501 at 2012-07-06 23:14
クハ1150様 今晩は
当時の小手指は検車区のみで駅も無く信号所という扱いでした。
隣接の駅から徒歩ですが、当時は本当に何も無い所でした。
小手指開設の頃は、保谷の501,601系などと上石神井・保谷の電機達が配置されました。所沢に機関庫が開設されたのは後の事でした。
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