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西武5000形


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昭和44年秩父線開通と共に走り始めた西武初の特急用車輌5000系については、別項目
「西武秩父線開通の頃」で概出ですが、改めて系列として再掲いたします。前回と同じ写真
を多く流用しており申し訳有りません。
5000系は101系とほぼ同様の足回りを装備した山岳、平坦地両用の走行性能を満たした
当時の西武としては画期的な性能と本格的な特急車としての車内設備を備えた従来の西武
車輌とは全くかけ離れた新形式でした。ために形式も一足飛びに5000番台を名乗ることとな
りました。秩父線開通時は2編成の予備車無しで運行開始されましたが、2ヵ月後に第三編成
が完成し3本体制となります。
最初の3編成は今も新製車で縁の深い日立製作所笠戸工場製でしたが、その後の増備車は
全て自社所沢工場製となります。通勤車輌ばかりで特急車両等の優等車の製造実績は無かっ
たのですが、第四編成以降も日立製車両に誇るとも劣らない完璧なコピー新車を作りあげました。
当時から所沢工場の技術力は大手車輌製造会社と同等の実力を持っていました。

5000系編成
第一編成(昭和44年 9月)5501+5001+5002+5502  日立製
第二編成(昭和44年 9月)5503+5003+5004+5504  日立製
第三編成(昭和44年12月)5505+5005+5006+5506  日立製
第四編成(昭和45年 3月)5507+5007+5008+5508  所沢工製
第五編成(昭和49年 2月)5509+5009+5010+5059+5060+5510  所沢工製
第六編成(昭和53年 2月)5511+5011+5012+5061+5062+5512  所沢工製

中間モハ新製増備  全て所沢工製
第一編成用(昭和49年3月) 5051+5052
第二編成用(昭和49年4月) 5053+5054
第三編成用(昭和49年4月) 5055+5056  (昭和51年まで組込み保留)
第四編成用(昭和49年5月) 5057+5058

上記の様に最終的に6連6本体制になるのですが、第三編成は暫く4連のままとされて、6+4の
10両編成用とされていました。
従って、開業当初は4連。44年12月以降は4+4の8連も見られました。昭和49年から同51年までは
6+4の10連も運行されたことになります。

廃車は10000形の新製で平成6年度から始まり、翌年には全編成が運用離脱し廃車となってしまいます。
尚走行機器は後継の10000形に流用されていますから、5000系の乗り心地は今でも味わえる訳ですね。

譲渡は上記機器流用の関係から、車体のみが富山地方鉄道に移籍しました。移籍は
5501・5052・5502及び5507・5058・5508の2編成6両です。
保存車輌は第二編成のクハ5503が1両横瀬で静態保存されています。




10月開業から2ヶ月間は2編成で予備無しでした。12月に第三編成が完成し一息付ける様に
なりました。又多客時の8連もこれ以降見られるようになりました。   5505F 昭和44年12月3日
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その年の12月3日夜祭臨で初めての8連(それまでは1回開業前に招待客運転で8連あり)が
走りました。 5501F+5503F  昭和44年12月3日
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仏子で普通列車を退避させます。懐かしの777Fでした。5505F
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第三編成5505F  ちちぶ3号     昭和44年12月
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同列車
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所沢~秋津を上る5505F  昭和44年
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第一編成5501F   昭和44年10月  西武秩父
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同モハ5001  101系と違い抵抗器の並びが整然として見事でした。
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同モハ5002  AK-3がちょっと惜しかったです。
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同クハ5502
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保存車5503   
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今でも会えます。富山地鉄のエース 16010系
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            (ブログ内掲載写真・記事の転載及び現業問合せ等はご遠慮下さい。)

特急券(昭和47年、昭和46年)
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by tetudankai5501 | 2012-08-21 15:10 | 西武鉄道 | Comments(8)

西武101系登場の頃

 クハ1101     小手指区   昭和43年12月
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 久しぶりに西武電車の昔話です。
旧101系は昭和44年10月の西武秩父線開業に備えて製作された通勤用車両ですが、従来の
801系までのいわゆる赤電とは組成を考慮しない、新系列として登場しました。この年は101系
・初の特急車5000系・私鉄初のEF電機E851と秩父開業新車トリオが揃って登場して西武にと
っては正に画期的な年でした。
101系は秩父線の25‰勾配と正丸峠越えに対処する為、当時狭軌最大級の150Kw主電動機
と抑速付きHSC-D制動装置・応加重装置付きと性能的には従来の車両とは一線を引く画期
的な車両でした。ただその車体は前年に登場した最後の赤電801系と全く同様だったのが少々
残念でした。性能が一新したのですから、その車体もそれに相応しく赤電とは訣別して欲しかっ
たと思います。その反面特急車5000系は初の特急専用車で高性能車に相応しい車体で登場し
非常に注目された存在でした。101系は801系の色変わりという車体ですので新鮮味に乏しかっ
たのです。
最初の101Fが登場したのは、秩父線開業の10ヶ月前の昭和43年12月の末でしたが、最終的に
4連50編成、6連13編成の278両が昭和51年まで製作されます。この後は新宿線用として2000系
が製造されるのですが、池袋線では4扉車は馴染まないとして、昭和54年以降新101系が製造さ
れています。新101系は301系も含め156両が製作され新旧101系は結局、434両の大所帯と成り
ます。秩父線開業後暫くは昼間優等列車の秩父直通運転が実施されていましたが、その後見直
しが行われ大半の列車が飯能止まりとなります。飯能~西武秩父間は区間列車としてN101系
2連が往復し、その後4000系がその任に就きます。
従って後年は一部秩父鉄道乗り入れ車を除く大半の101系は山越えすることなく平坦な路線を
走っていた事になります。又赤電が本線廃止になるまでは、ダイヤが赤電スジで在ったので
その高出力を持て余しておりました。
 後継の3000系が中途半端な存在になってしまう前に、新101系列からN2000系に切り替えて
置くのが得策だったのではなかろうかと思います。
 しかし101系登場時、従来の赤電達とは全く違うその性能に驚嘆しました。車体が801系と同様
だったので尚更の感がありました。4ノッチ投入で直ぐ当時普通列車の制限速度85Kmに達して
しまうものですから、3ノッチで流している運転士さんが多かったのです。5000系特急車の制限速
度は比較的早い時期から105Kmとなっていたのが救いでした。
 今回は、101系低運車の登場時の頃の姿を数枚集めました。例によって既出写真が多くて申し
訳有りません。



 秩父線開通後間もない頃の101系池袋直通準急  111F   昭和44年12月
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 こちらは西武秩父行準急 121F  昭和44年12月
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  開業時は秩父線の殆どの列車が池袋直通でした。   昭和44年12月
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 完成後小手指検車区にて整備中の101F        昭和44年1月
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 同じく同車 
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 同じくモハ101
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 同じくクハ1102
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所工から回送後小手指庫内にて暫く留置     クハ1102  昭和43年12月
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こちらは159Fイベント赤電復刻塗装          横瀬にて      平成13年10月
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同160+1160
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 FS072台車
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                     (ブログ内写真・記載内容の転載及び現業問合せ等はご遠慮下さい)

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西武秩父線開通のころ
by tetudankai5501 | 2012-05-13 22:41 | 西武鉄道 | Comments(8)

西武秩父線開通のころ



秩父線の開通は、それまでの赤電達や舶来電関がのんびり走る西武電車のイメージを一変させました。
昭和44年は西武にとって画期的な年でした。新車も101、外注5001・E851が揃って登場した訳ですから、
もう驚きの連続でした。
吾野・西武秩父間19.0Kmと決して長い延長路線では有りませんが、奥武蔵の険しい山並を当時私鉄
最長の正丸トンネルで抜けて秩父盆地に至り、東京と秩父を結ぶ最短ルートとした意義は大きいものが
有りました。キャッチフレーズは、「池袋~秩父最短83分:特急ちちぶ」です。
 西武秩父線の建設目的の主題は、武甲山の豊富な石灰資源でした。横瀬にに三菱セメント(当時)が
進出し、この工場からのセメント製品輸送でした。
当時秩父へ抜けるR299はその輸送には到底無理な状況でした。西武はセメント輸送の為、正丸トンネル
前後の25‰勾配に対応して、私鉄最大のF級電機重連で対応させました。
 従ってどちらかと言うと、貨物輸送主で観光目的は従であったのですが、この際長瀞・三峰・秩父周辺
の観光開発も併せてアピールする趣旨から、西武初の特急「レッドアロー」の登場となりました。
特急は当初平日はたった2往復の純然たる観光特急でした。
その後、後年次第に通勤ライナー的性格をおび、夜の下り飯能行きが増発され定着するに至りました。
 一方普通列車は、池袋・西武秩父直通の急行・準急用として、新設計の101系が用意されました。
特急5000系と足回りは共通設計でしたが、西武としては画期的な新造車となりました。
抑速付きHSC-D制動・150Kw主電動機×8基/4両・新設計のダイレクトマウント式台車FS372、072と
従来の赤電性能を大きく陵駕するもので初物づくしでした。
 当初は、西武秩父行き列車は、PRも兼ねて殆どが池袋・秩父直通でしたが、昭和58年12月の改正
以降は、飯能で運転系統が分断され、特急と土休日の快速急行のみが直通運転となりました。
その後秩父線用の4000系の登場や、秩父鉄道への乗入れが開始されたのが平成元年だったと思います。


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                            (各写真はクリックで原寸になります)
平日は池袋・西武秩父間 2往復の設定でした。開通から2ヶ月間は予備車なしの2編成体制でした。
  写真は第三編成(日立製)5505F 武蔵横手~東吾野  昭和44年12月
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 開通後最初の秩父夜祭臨時特急 第三編成完成で初の8連が組めるようになりました。
   写真は5501F+5503F臨時特急秩父行き  東吾野~吾野  昭和44年12月3日
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  同じく臨時特急 5503F+5501F 元加治~飯能  昭和44年12月3日
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  第三編成5505F  西武秩父行きちちぶ3号  秋津~所沢  昭和44年12月
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    同上列車
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 上り運用まで待機の第一編成5501F  西武秩父駅     昭和44年10月
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 秩父線は新設山岳路線ですので思いのほか撮影ポイント確保が難しく、当時プアなカメラでしたから
所詮望遠など使うすべも無く、専ら線路に近寄れる吾野線で写しておりましたが、赤電一辺倒だった
ローカル線が昭和44年10月14日を境に、一躍特急やF級電機、新造の101系等が頻繁にやって来る
幹線?に昇格したのですから、もう興奮の連続で懸命に写真を写していた事を思い出します。
 しかし、個人的にはこの年を境に、結果的に黄色い電車が大量増備されてゆき、往年の西武らしさが薄
まってしまって残念に思ったのも事実でした。

  101系(111F)準急池袋行き  当時は大半が池袋直通運転でした。
    武蔵横手~東吾野   昭和44年12月
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  同じく101系(115F) 西武秩父行き   昭和44年12月
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  101系以外にも赤電達も上がって来ました。
  写真は779F 西武秩父行き  武蔵横手~東吾野  昭和44年12月
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  こちらは785F 西武秩父行き 同上区間    昭和44年12月
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  吊り掛け車も来ます。525F 西武秩父行き   同上区間   昭和44年12月
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  E851も頻繁にやってきました。   E853    同上区間   昭和44年12月
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E851形の牽く東横瀬行きタンカー列車。  武蔵横手~東吾野   昭和44年12月  
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同上列車。セメント製造燃料用の各種タンカー(タキ1500・4500・9800)などとスム201、テキ401等の
混成列車でした。      武蔵横手~東吾野   昭和44年12月
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  西武秩父線開通以前の吾野止まりの頃の区間列車。
   311系が2連でのんびり往復しておりました。318F   高麗駅   昭和37年
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            (ブログ内掲載の写真・記事等の転載はお断りします。)
 
by tetudankai5501 | 2012-02-23 01:20 | 西武鉄道 | Comments(10)