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東村山

 西武国分寺線、新宿線、西武園線の交わる東村山駅。近年同駅付近の3線の
高架計画が立案されているようです。拝島線の萩山・小川間の高架工事は完成
していますから、府中街道と新宿線との立体交差化が主眼かと思われます。
計画図によると、島式ホーム2面の4線で両端が新宿線、内側が国分寺線・西武園線
及び新宿線退避線の様ですが、現行国分寺・西武園線ホームが省略されるようで、国
分寺線と西武園線列車をどうさばくのか気になります。
 写真は昭和41から43年頃の東村山駅付近写真ですが、当時は新宿線と国分寺線
用ホームが各々各1面でした。


                          (各写真はクリックで原寸となります)
珍しく501系2M4T編成が回送で東村山を通過して行きました。池袋線からの臨時列車
の返送だったように思います。  昭和41年
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主力の701系、日中は4連が主体でした。  昭和43年
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国分寺線往復の559F。   昭和43年
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            (ブログ内掲載写真・記事の転載及び現業問合せ等はご遠慮下さい。)
by tetudankai5501 | 2013-01-21 22:36 | 西武鉄道 | Comments(4)

2代目西武501形


 501系(2代目)は、昭和30年代中期の池袋線を代表する車両でした。
旧501系(17m)の後を受け、続番で521~530が第一期として最初に出場、形態は当時の
国電全金車72系920台や70系300台の影響を強く受けた西武初の全鋼製20m電動車で、
2段完全上昇窓、Hゴム支持の戸袋窓、イボ付きシート張り鋼板屋根等が特徴でした。
第二期増備車は、旧501系が17m車と言う事で411系(初代)に改番される事となり、
そのサハ1501~1520をそのまま挟んだ両端クモハのみ20両製造されました。
車体構造はほぼ同じですが、屋根はビニールシート無しで銀色に塗装されました。
更に511以降は車内吊り手受けが、網棚支持兼用のパイプ構造になります。
(詳細には、これが第三期となります。)これは後の451系以降にも引き継がれます。

 整理しますと
第一期 521~530 昭和32年~同33年製 サハも同時新製。台車はTR22
第二期 501~510 昭和33年製 サハは旧501系の1501~1510で木製雨樋。
             (後に鋼製細雨樋に取替え)台車はTR25類。
第三期 511~520 昭和33年~同34年製 サハは旧501系の1511~1520で鋼製細雨樋。
             台車はDT13又はDT12。(但し518~520はTR22)
             TR22以外は後に全て401系初代で試みた空気バネ付きに改造されました。

一時期サハ1563~1572を各2両ずつ組み込んだ2M4T編成を組んだことも有りましたが、
これは後に半数が電装化され571型として同形態の551系に組み込まれました。
 尚、2M4Tはモハの負担平均化の目的で固定編成では無く、定期的な編成換えを実施していました。
又当時吊り掛け唯一の弱め界磁使用車でも有りましたが、加速が悪い為、駅間距離の短い区間では
弱め界磁段に入る前にノッチオフ、即制動といった状況で、余り役立ちませんでした。
新宿線で2M4Tが殆ど使われなかったのはこの事が理由かと思われます。
しかし一時代を築いた赤電吊り掛け車を代表する、501系(2代目)の保存車が無いのが何とも残念です。
 (この項は、以前に田駄様の「西武鉄道画像保管箱」に投稿させて頂いたものに加筆・修正しました。)

写真は第一期車529F 。サハも同時製造で揃った編成美です。台車はTR22   小手指区  昭和43年
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こちらは第三期車515F。サハは旧501系一代目車。 台車はDT13 ひばりヶ丘~東久留米 昭和42年
この編成の中間サハは、大井川譲渡後客車スイテ821、ナロ801となります。
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こちらも第三期最終増備車のクモハ519 台車はTR22 小手指区   昭和43年
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こちらは第二期車のクモハ504 台車はTR25改 小手指区   昭和43年
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こちらも第二期車 クモハ502 空気バネ改造前   吾野  昭和37年
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写真は最初に登場の第一期車521F  江古田駅    昭和36年
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こちらも第一期車529F 保谷~ひばりヶ丘  昭和36年
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クモハ504を先頭にした朝の急行503F+421形×2  保谷~ひばりヶ丘  昭和37年 
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写真は第三期車513F飯能行き    所沢~西所沢  昭和37年
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サハ1551型2両を中間に挟んだ、501系による2M4T編成。先頭はモハ522。小手指区 昭和41年
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複線化成った小手指(信)~狭山ヶ丘を行く519F   昭和42年
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写真は第一期編成組み込みサハ1527。モハと同形態。   小手指区   昭和43年
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こちらは第三期編成組み込みサハ1512。旧501系一代目車。  小手指区    昭和43年
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 台車写真 上DT13改空気バネ。下TR22 共に主電動機はMT30出力128Kw
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 最後に譲渡先を記述しておきます。(誤り等有りましたらご容赦下さい。)

クモハ                         サハ
521→伊豆箱根モハ1012            1521→伊豆箱根サハ2007
522→伊豆箱根モハ1011            1522→伊豆箱根サハ2008
523→流山クモハ1206              1523→三岐サハ1523
524→流山クモハ1207              1524→流山サハ63
525→三岐クモハ525               1525→三岐サハ1525
526→三岐クモハ526               1526
527→伊豆箱根モハ1013             1527→流山サハ61
528→伊豆箱根モハ1014             1528
529→伊豆箱根モハ1009             1529→伊豆箱根サハ2005
530→伊豆箱根モハ1010             1530→伊豆箱根サハ2006
501                          1501
502                          1502
503                          1503
504                          1504
505→三岐クモハ505               1505→三岐サハ1505
506→三岐クモハ506               1506
507                          1507
508                          1508
509→流山クモハ1213               1509→流山サハ62
510→流山クモハ1205               1510
511→流山クモハ1208               1511→流山サハ63
512→流山クモハ1209               1512
513                           1513
514                           1514
515→流山クモハ1201               1515→大井川スイテ821
516→流山クモハ1202               1516→大井川ナロ801
517                           1517
518                           1518
519                           1519
520                           1520

            (ブログ内掲載の写真・記事等の転載はお断りします。)
by tetudankai5501 | 2012-02-02 23:21 | 西武鉄道 | Comments(6)

2M4T



 質より量の時代を象徴する西武電車を代表する編成が、この2M4Tの501系6両半固定
編成車でした.
 昭和37年4月、551系最後の新造車561Fが登場しましたが、この頃旧国鉄標準部品が枯渇
し、ようやく重い腰を上げて次はカルダン車を採用しなければならない環境になってしまった
のです。そうして誕生するのが初の新性能車601系なのですが、新造準備に半年以上掛かり
その登場は、昭和37年12月年末の事でした。当時の西武沿線の人口は団地造成など盛ん
で急激に増えつつありました。半年間も車両増備を怠る訳には参りません。
 そこで目を付けたのが、当時西武一”大出力”(MT30 128Kw)と言われた主電動機を装備
した501系でした。501系4連(Mc+T+T+Mc)の中間に電装品の不要なサハを挿入し、安直
な車両増備を考えたのです。そうして生まれたのが、551系のサハ1562の続番1563~1572の
10両でした。この新造サハは殆ど床下機器は無く、唯一中古の1.5KwMGを各車搭載しただけ
でCPも在りませんでした。そうして出来上がったのが、Mc+T+T+T+T+Mcの2M4T501
系でした。サハは10両新造ですから2両づつ組み込んで、この編成が5本出来上がりました。
 当時標準のMT15の3M3Tの場合、(100Kw×4×3)/6=200Kw/1両
 2M4Tの場合MT30ですから(128Kw×4×2)/6=170Kw/1両(車体重量は同じと仮定)
で3M3Tの85%出力となりますが、何とか温度上昇試験等パスしたのでしょう。実際に走りだ
しました。が走りは計算どおりいかないもの、加速は悪く走りはギクシャクまるでP・P運転の  
列車のような走行状態で、さすがに当時のスジでも乗せるのは苦労していた様子でした。
ただこの編成だけが当時弱め界磁を使用し、高速域で速度挽回を図ろうとしましたが、駅間距離
が短い区間では、弱め界磁段に入る前にもう場内信号で減速するような状況でした。
 もう一つ扱いに手間だったのは、モーター負荷を平均化するために、定期的に2両のサハを
501系の中でたらい回しに組み替えていたことです。




 写真はモハ527+サハ1527+サハ1567+サハ1568+サハ1528+モハ528の2M4T編成
  高麗駅ハイキング急行の昼間待機  S37年 (各写真はクリックで原寸になります)
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 こちらは、各停運用に付く527F 池袋行き  秋津~所沢  昭和42年

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珍しく新宿線を走行する2M4T 東村山~所沢    昭和41年

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 サハ1528+サハ1568 連結部 

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しかし、さすがに上記のような状態で恒久的に使う訳にもいかず、後に半数を電装してモハ571形
として同型の551系に組み込まれ、昭和42年に2M4T編成は解消しました。
 しかし、551組み込みの際最後の579+1579のモハの電装品が間に合わず、両側クモハ559と
560をMT30に置き換え再び2M4Tが出現してしまいました。579が電装されたのが昭和44年です
から、西武には都合7年間も2M4Tが居たこととなります。

 電装化後551系に組み込まれたモハ575   小手指区  昭和44年

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 モハ575の相棒サハ1575     小手指区   昭和44年

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            (ブログ内掲載の写真・記事等の転載はお断りします。)

by tetudankai5501 | 2012-01-30 21:26 | 西武鉄道 | Comments(4)